第8章 スターワイヤーの導き
月が高く昇り、雨林はふたたび静けさに包まれていた。
だが、その静けさは、かつての沈黙とは違っていた。
襲撃の混乱から逃れ、カルラたちは評議会の緊急避難所に身を寄せていた。
肌に残る冷たい汗と、息を潜めた緊張の余韻。
けれど、その中で確かに――“次の線”が見えていた。
カルラは、布に包まれた古い巻き取り器を取り出した。
スターワイヤー。
祖父が遺した、真鍮の星座糸巻き。
リング群に入る前、彼女はこのワイヤーの意味をつかみかねていた。
ナスカでも、アタカマでも、答えは見えなかった。
けれどいま、この地に来て初めて――それが**「星を結ぶための記憶の道具」**であったことが、心でわかる気がした。
「これ……導線なんだよね。
星を結ぶだけじゃない。“思い出す線”なんだと思う」
カルラはそう言って、ワイヤーをそっと解いた。
細く、銀色に鈍く光る糸が、湿った空気を切るように伸びていく。
ワイヤーの先端は、地面に吸い寄せられるように落ち、土の上で静かに揺れた。
《補足:スターワイヤーに内蔵された古型磁性素子が、地場のパターンに共振。
リング群第4セクターの地磁気変動と一致》
《提案:ワイヤーの移動軌跡をリアルタイムで投影し、記憶構造との共鳴を観測》
ユウタが驚いた顔でうなずく。
「つまり、この糸は……“記憶に反応して動く”ってこと?」
「祖父が言ってた。“星は見上げるものじゃない。
思い出すものだ。線が語ってくれる”って」
カルラは手元のワイヤーをそっと引いた。
するとそれは、まるで誰かに導かれるように、地面に沿って滑っていく。
その軌跡は、はっきりと円を描いていた。
しかも、複数。
12の輪が重なり合い、まるでひとつの星座のような形を成していく。
「これが……リングの真の形……?」
イサベルが息をのむ。
そのとき、ORBISが再起動した。
音はなく、ただ光と風景だけがホログラムとして浮かび上がる。
夜空に、同じ星の並び。
地上の輪と一致する、**“古代の天球図”**が映し出された。
「つながった……」
ルーカスがささやく。
「この星図は、祖父の記憶だけじゃない。
ここにいた人たちの語られなかった声と、
私たちが聞こうとした記憶と、
ORBISが感じた共鳴と――全部が重なった“星図”なんだ」
カルラはスターワイヤーを握りしめ、静かにうなずいた。
「この線は、“どこに向かうか”じゃなくて――
“どうつながるか”なんだよ」
星図とは、未来を指す矢印ではなく、
記憶と心を“輪”のように結ぶ、見えない共鳴体。
スターワイヤーは、それを形にするために作られたものだった。
夜が深まり、森にまた風が吹く。
けれどそれは、もはや脅威ではなかった。
その風の中に、彼女たちは確かに“線”を感じ取っていた。
それは、語られなかった星々の、
いまにも語られようとする声なき導きだった。
第3巻・第8章 専門用語解説
◆ スターワイヤー(Star Wire)
カルラの祖父が遺した、古代星図を読み解くための手製の星座糸巻き。
単なる装飾品ではなく、磁気共振素子を内蔵しており、特定の地磁気構造に反応して「記憶に反応して動く導線」として機能する。
リング群において、地上の構造と天体の記憶配置を結びつける“媒体”となった。
◆ 記憶構造反応型線(きおくこうぞうはんのうがたせん/Memory-Resonant Tracing Line)
スターワイヤーのように、地中や空間に刻まれた“語られなかった記憶”に物理的反応を示す線のこと。
衛星やLiDARでは可視化されないが、特定の感応素材や、共鳴モジュールにより“動き”として可視化される。
◆ 記憶共振(きおくきょうしん/Memory Resonance)
ORBISがスターワイヤーの動きと連動して検出した、記憶と地磁気、星の配置との間に生じる共振現象。
この共振により、AIは語られなかった過去の“意味”を空間的に再構成可能になる。
◆ 天地双輪構造(てんちそうりんこうぞう)
スターワイヤーによって描き出された地上のリング群と、それに対応する夜空の星の配置が重なり、上下対称のように“輪”を成す構造。
これは“語りと記憶が完全に共鳴した地点”にだけ現れる星図の完成形の一部。
◆ 星図の重なり(せいずのおもなり/Layered Star Mapping)
ORBISによる解析で明らかになった、複数の星図(物理・記憶・語り・共感)がレイヤーとして重なり合う構造。
この“重なり”が一致したとき、真の意味での星図が完成し、未来への“指標”となる。
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