第4章 旅費クラファン開幕

「だから、行き先は決まった。

問題は……お金だ」


放課後のメディアラボ。

丸テーブルに集まった5人の顔ぶれに、カルラが手帳を広げて言い放った。


「ナスカまで行って現地調査するには、最低限の機材と交通費、それに許可申請手続きのための手数料が必要。先生が言うには、全部で三十万ソルくらい」


「それって……日本円で?」


「だいたい一人十万円前後。あくまで最低ラインね」


ユウタが天井を見上げて「おお……」と低くうなった。

その横で、イサベルが即座に腕を組む。


「問題ない。わたしの家は牧羊農家だ。資金がないのは慣れてる」


「それフォローになってないから」


ルーカスが苦笑しながら、録音ペンを手に卓上をカタカタと叩く。


「だけど、方法はあるんだよね? “クラファン”って、さっき言ってた」


「うん」カルラがうなずく。「クラウドファンディング。支援をお願いして、旅の成果をみんなに還元するやり方」


「でもさ」ユウタが口を挟む。「その“お願い”の仕方が問題だよな。“AIで星図探しに行きます”って、そんなの信じてもらえるか?」


「うまく伝えれば、信じてもらえるよ」


と、パジャマ姿のミーナがスクリーンの向こうで静かに言った。


画面に映る彼女の部屋は、背景が“宇宙風”のバーチャル壁紙に切り替わっていた。

モニタ上には、彼女の星図解説チャンネル《StarFeed》の登録者カウンターが表示されている。


「信じてもらうには、“共感”が必要なの。

それには、あたしたち自身の言葉と、ちゃんとした“贈り物”が要る」


「リターンってやつ?」


「そう。たとえば――こんなのは?」


ミーナが操作すると、画面にくるくると回転する星座のCGが現れた。


「“星図ステッカー”。わたしたちが見つけた地上絵を、ARマーカーとして印刷して、スマホでスキャンすると空に投影できる仕組みにする」


「おお!」


イサベルが食いつく。


「それ、ランナー仲間にめっちゃ受けると思う。砂漠で走ったルートを星座化できるとか!」


「ナスカの地形データを組み込めば、追体験型の星座が作れるかもな」

ユウタが指を動かしてUI画面を展開した。


カルラはそのやりとりを聞きながら、ブレスレットに指先を添える。


祖父の遺した星糸。

“自分だけの星座”を描くという思いが、今、チームの手によって本当に“描ける何か”になろうとしている。


「ORBIS」


「どうぞ」


卓上のホロレンズに浮かぶ青い球体が、すぐに反応する。


「支援者向けに、“見つけた星座を共に見る”というプロジェクトテーマを作りたいの。

……“あなたの願いが、わたしたちの星図に加わる”みたいな……そんな言葉で、説明できるかな?」


ORBISは一拍置いて、答えた。


「提案:『星図を、いっしょに描こう』。

もしくは――『想像力で、未来をつなぐ共鳴プロジェクト』。いかがですか?」


「……うん、好き。採用」


カルラは笑った。

みんなの目が、一瞬、同じ方向を見た。


「じゃ、やるか!」


イサベルが立ち上がり、拳を突き出す。


「行くぜ、クラファン遠征! ついでにフォロワーも伸ばすぞ!」


「宣伝は任せて」ミーナが得意げに微笑む。「#MyNazcaFind タグ、今夜から動かすよ」


「動画編集は俺がやる。1分で心つかむやつ作るから」

ユウタがヘッドセットを肩にかける。


「僕も……祈りの言葉、ラテン語版で朗読しようか?」

ルーカスが小声で言うと、イサベルが笑いながら肩を叩いた。


カルラは、そっと深呼吸した。

空気の向こうに、まだ見ぬ風景がかすかに揺れている気がした。


「よし――旅費、集めよう。あたしたちの星図で、世界をひとつにするんだ」


第4章 用語解説

◆ クラウドファンディング(Crowdfunding)

「夢や企画を実現するために、インターネットを通じてたくさんの人から資金を集める仕組み」。

プロジェクトの内容や目的を紹介し、それに共感した人が支援をする。

支援者には、お礼として「リターン(お返し)」が用意されるのが一般的。


作中では、ナスカへの旅費と調査機材費を集めるため、チームが“星図プロジェクト”を立ち上げる。読者にも身近な社会参加の方法として描かれている。


◆ 星図ステッカー(AR星図マーカー)

「地上絵」や「自分で作った星座の図形」をもとにデザインした、AR(拡張現実)機能つきのシール。

スマートフォンで読み込むと、ARアプリを通して“空に浮かぶ星座”のような演出が見える。

支援リターンとして配布される計画。


視覚効果と科学的発見が結びつく、**「未来の星座」**体験。

物語と現実が交差するツールとして、シリーズ全体の象徴にもなる。


◆ StarFeed(スターフィード)

ミーナが運営するSNSチャンネルの名前。

動画・ポッドキャスト・ライブ配信を通して、世界中の若者と星や地上絵に関する知識・発見を共有している。

#MyNazcaFind などのタグを使って視聴者参加型の企画を展開。


読者にとっても「物語の外側にあるもう一つの世界」として機能し、読後に自分も投稿してみたくなるリアリティがある設定。


◆ #MyNazcaFind

作中のSNSタグ(ハッシュタグ)。

自分が発見した地形・模様・不思議な自然現象を投稿することで、地球上の“まだ名前のない風景”をみんなで共有・発信するための合言葉。


読者にも実際に使ってほしくなるような、創作と現実をつなぐ参加型キーワード。


◆ 共鳴プロジェクト(Resonance Project)

カルラたちの旅と調査の活動名称。

AI《ORBIS》の解析能力と、ユーザーの感情・想像力をかけ合わせて、“誰かの想いが星図になる”という新しい観測スタイルを実現する。

クラウドファンディングのタイトルでもある。


“科学”と“想い”が結びついたときに初めて完成する未来型の探査活動。

作品のテーマ「AIと人間の共創」の象徴的な取り組み。

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