世界は君の思い通り

彼方

世界は君の思い通り


 北山ネネコはおれの幼馴染みで2つ年上のはずのおれはなぜかいつもネネコの言いなりになってる。

 小学校の時くらいはまあ良かった。別に一緒にいることは不思議なことじゃない。ご近所さんなんだから毎日一緒に学校に行くのは当たり前だ。下校時刻は違うから帰りは別々だったが、朝は毎日一緒だった。


 中学生になっても小学校と中学校が近いためほぼ同時に家を出る。中学は小学校の少し先だからおれは数分早く家を出るようにしたが、なぜかその時間に合わせてネネコはおれンちの前で待機してた。

「おっはよ! じゃーいこか」とカラッとした笑顔を見せる。

 おれも別にその笑顔が見れることを嬉しいとか、ドキドキするとかはまるでなくて当たり前のことが目の前にあるだけという認識で少しも微笑まずに「ああ、おはよう。じゃ、行くか」としか言わなかった。


「ネーネー、カナちゃん。中学って楽しいー?」

「ん……どうだろう。知らない人も多いし緊張するよ。つまらないとかはないけど、勉強は難しくなるし制服は首が痛いしであまり好きじゃねえな」

 おれやネネコの小学校は小さい学校で中学にあがると隣の大きな小学校の子供たちと一緒になるのだがその比率は1対4くらいで完全に少数民族。知らない人たちばかりの中に放り込まれるのだ。

 おれの組には仲のいいやつとかは居なかったから1年の一学期は若干の居づらさがあった。

 しかもおれには可愛い幼馴染みがいるもんだから影でコソコソと何か言われているのも何となく聞こえてた。だが、それについては別にいい。おれは妹みたいなもんと歩いてるだけなんだから。普通のことだろ。

 でもそれもおれが3年になると違ってきた。3年生になったということはネネコも中学生になったということで。制服姿のネネコはたちまちお姉さんになった。ネネコは6年生の時大きく成長し、歳の割に背は高い方だったし身体つきも女性らしさが一気に出てきた。

 そんなネネコだが、外見の変化があろうと一切中身は変わらないので。今日もおれたちは一緒にいる。

「ネーネー。今日はお昼一緒に食べよーよ。適当に好きなとこで食べていいんでしょ」 

「ああ、そうするか」

 今日は体育祭だった。言い方を変えただけの運動会だ。保護者は見に来ないがお昼は弁当持参で外で食べた。

おれは運動は苦手だから障害物競走に参加した。あれは運動神経というより三半規管がものをいう。平均台の上でもおれは走れるしバットに頭を付けて10回転したあともまっすぐ進める。しかし、運動神経がいい足の速いやつに抜かれて2位となった。まあ、2位になればよしだよ。おれは遅いんだから。 


「平均台走れるのすごいねー! 忍者かと思った」

「あんなに足遅い忍者は多分いねーよ」

 なんてことをネネコと話しながら食べるメシはうまかった。

 だが、周囲の嫉妬の目があるのは気付いてた。ネネコは中学生になってからずいぶんキレイになったからこうなるような気はしてた。それもまあ、あと1年のことだ。高校生になればお別れだからな。そう、思ったのでこの嫉妬の目は無視して、屈託なく笑うネネコと一緒にいる時間を大切にした。別に家が近所だから貴重なものでもないんだが。


 高校は8駅先のたいしたことない平凡な学校に入学した。少し遠くを選んだのは電車が好きだからだ。車窓を眺めることが毎日できるなんて最高に幸せだろうなと考えた。だが、それは浅はかだった。朝は満員電車だなんてことは考えちゃいなかった。当然座れやしないし車窓どころか何かにつかまるので精一杯。降りる駅に到着しても「おりまーす!」と目一杯の声で主張しないと降りれない。ある日など反対側に追いやられ電車から脱出しきれず遅刻した。


 しかし、帰りの電車はそこそこ空いていて座って帰れる日も多くそこから見える夕焼けがとても綺麗で好きだった。一瞬だが富士が見える場所もあり。撮影したこともあるが写真だと全然大きな感じにならないのを知った。肉眼で見たときはあんなに感動したのに、不思議だった。

(この目で見て記憶に残せってことかな)なんて思ったのを今でも覚えてる。


 しばらくネネコのいない生活が続いた。家に帰ると近所にいるはずだがタイミングは合わずにいた。


 しかし、高3になると驚いたことにネネコが新一年生代表として入学してきた。バカな。ネネコの偏差値ならこんな平凡な学校には来るわけない。あいつはアタマいいんだから。


嬉しいよりも不思議だった。

「なんでこんな学校きてんの」

「別にいーでしょー」


◆◇◆◇


 それからの生活はまたいつものネネコと一緒なおれになってた。帰宅部なおれは帰りこそ1人なはずだが、なぜかネネコも一緒に帰る日が多かった。

「ネネコ、部活は?」

「今日は休み。料理研究会は活動回数週に3回とか2回だから」

「お前、運動神経いいのに運動部行かなかったのか」

「運動するよりお料理美味しいの作れるようになる方が価値あることだと思うのよね」

「……なるほど、それはそうかもな。メシは死ぬまで食うし」

 そんな他愛もないことを話してる毎日だった気がする。ネネコは必要のない化粧をやりはじめた頃ですっぴんの方がキレイだけどなと思いつつ「変な化粧。いらなくね?」と素っ気なさすぎる方法でそれを伝えたが怒られただけだった。それもそうか。これはおれが悪いな。ネネコなりに頑張ってたはずなんだ。なんでそれを汲み取ってやれなかったんだろうな。


 ある日、帰り際に料理研究会に今から行こうというネネコとばったり廊下で会った。


「あっ、カナちゃん今から帰るとこ? そしたらこれついでに下駄箱に入れてきてよ」

「なにコレ」

「先輩に出すラブレター。ついでだし入れといて、じゃね」

「おい、そういうのは自分でやらねえか普通。あと、学校だと恥ずかしいから『カナちゃん』はやめてくれ」

「いーでしょ、ついでなんだし。隣の組だから下駄箱すぐそこだからさ。頼んだよ〜。『彼方センパイ』」

「……ったく」


 確かに、これを入れることは全く面倒なことではなかった。それよりあいつ好きな人とかいたんだな。その事に驚いた。

(誰が好きなんだ? 佐野晃良。ああ、あいつか。まあ、悪いやつじゃねえな。顔も性格もまあまあだ。悪くないんじゃねえか)なんて思いながら隣の組の下駄箱にネネコの書いたラブレターを投函する。


 色々もやもやしながらそのまま下校した。駅前まで歩いて改札の前で立ち止まる。


(やっぱ、なんかやだな)

 そうおもったらダッシュで学校に戻ってた。息を切らして駆けた。こんな本気の走りは体育祭でも見せてない。


ハァ!ハァ!ハァ!


 汗がポタポタと落ちる。おれはあまり汗をかくほうじゃない。こんな風に自分の汗がポタポタ落ちて地面に染み込む光景など初めて見た。


 乾いた砂が汗で黒くなり汗が広がっていく。そんなの見てる場合じゃない。急がないと!


 下駄箱にはちょうど佐野がいた。手紙の存在に気付いて取り出した所だった。


「それ、ちょっとまった。間違いだから!」おれはそう言うと佐野から手紙を奪ってポケットにクシャッと入れた。

「あー隣の組の、なんだっけ、彼方? どーしたの血相変えてさ」

「いまの手紙、忘れてくれるか」


 するとそれを見てた女子がなんだか笑いこけてる。なんだあいつ。


ネネコだった。


「プププッ……あはっ、あはははは!!!! 大慌てで取り上げて! ハッハッハーーー!! あーおかし。そんなにやだった? 私が他の人を好きになったりしたのが」

おれは顔から湯気が出てたかもしれない。

「そっ、そんなこと……」

「そんなことあるんだろ、素直になれって。おれは頼まれたんだよ。なんかいつまでたっても妹扱いしかしてくれない男がいるからなんとかしてってさ」

 そう言えば佐野は脚本家を目指してる演劇部の部長だ。その佐野の妹は料理研究会。

「なるほどな、佐野の脚本ってことか。嵌められてたわけだ」

「まーいーじゃん! これでハッキリしたわけだし。私のこと好きなんでしょ! そういうのちゃんと言った方がいいよ!」

「たくぅ。でも、そうだな」

「そうだなじゃなくて!」

「はいはい。好き好き。好きだよ」

「あー、言わされてます感出してー。もっとちゃんと愛してよねー」

「もう、今日は疲れたからまた次な」

「なにそれーー!」

佐野は微笑ましいものを見る顔をして「じゃあ、おれはもう帰るな」と言い立ち去った。やたら恥ずかしかった。

「もういいよ、ネネコの思い通りにして。おれの負けだし」

「勝ち負けじゃないでしょ。喜んでよ、こんな可愛い子と仲良しなんだから」

「はいはい、そーですね」



 おれの世界はいつもネネコの思い通りだ。


おわり








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