転生の果て、滅びゆく世界で君を救いたい ―月が照らす救済譚―

そうだ涅槃、行こう

プロローグ『光ってない?』

――それは、夢だったのか。

それとも、誰かの記憶か。

いや、もしかしたら“未来”だったのかもしれない。


世界は、一瞬で壊れた。

“神も仏もいない世界”の結末だった。

欲望が積み重ねたカルマは、限界を超えた。

――大地震。火山噴火。大津波。洪水。都市崩壊。

国は裂け、家族は離れ、隣人は隣人を殺した。

女も、子供も、守られることはなかった。

“弱者”という言葉すら消えた世界に、絶望だけが静かに積もっていった。

空には、血のような月が浮かんでいた。

それは、地獄の始まりだった。



そんな世界の片隅。

崩れた街角で、一人の少女が泣いていた。

「おかあさん……どこ……?」

声は掠れ、顔は泥と血で汚れている。

震える指は、瓦礫の隙間に埋もれたままだった。


そのときだった。

小さな手に、黄金の光が降り注いだ。

まばゆい金色が、崩れた都市の闇を貫いた。

人々が振り返る。


そこに立っていたのは――“彼”だった。

誰も、はっきりとは見ていない。

ただ、“光”があった。

神のような。

仏のような。

異世界の使者のような。


あらゆる宗教と国家が、その姿に涙した。

キリスト教徒は「救世主」と呼び、

仏教徒は「転輪聖王」と称え、

ヒンドゥー教徒は「降臨ヴィシュヌ」と拝み、

科学者たちすら「物理法則の彼岸」と震えた。

だが、誰にも彼の名はわからなかった。

彼は、ただ静かに少女の前に膝をつき、

掌を、その額にそっとかざした。


黄金の波紋が広がる。

光が傷を癒やし、折れた骨を繋ぎ、少女の呼吸が戻っていく。

「……っ……おかあ……さん……」

小さな唇が震えた、その瞬間――

世界のどこかで、誰かの“願い”が目覚めた。



その日から、“奇跡”は始まった。

ある者はSNSでこうつぶやいた。


『#光ってない?』


一枚の写真が拡散された。

少女を抱き上げる“黄金の人影”――涙を流すように、ただ微笑んでいた。

それをきっかけに、世界は変わり始めた。


善き願いは、神を呼んだ。

悪しき願いは、鬼を生んだ。

物質世界と精神世界が交差を始め、

“願い”が現実に影響を持ち始めた。


焦土の中、

純白の盾を掲げた者が現れ、

「光を届けたい」と願った少女に青い光が灯り、

紅蓮の刀を持つ女神が、業火を断ち切った。


だが同時に。

「奪いたい」「滅ぼしたい」と願う者の元には、

鬼神、悪魔、呪詛の軍勢が現れた。

それは天罰ではない。

積み重ねた因果の清算――

カルマの“返り咲き”。


第三次世界大戦の火種は、もう誰の手にも負えなかった。

核兵器でも、AIでもない。

“願い”こそが、世界を動かし始めていた。



炎に包まれた都市の片隅で、

一人の青年が焼けた地面に膝をついていた。

手には、血に濡れた経文。

口元には、穏やかな微笑み。


「……アァ……この痛みも、供養だァ……」

その声は願いのようで、どこか陶酔していた。

彼の背後に、黒い光の曼荼羅が咲いていた。



この物語は、“願い”が形を持ち始めた時代に生まれた。

誰かの手で記録され、誰かの心で綴られ、そして、君の目に届いた。

崩壊したこの世界で。

無力だった少年が、“光”と出会い、やがて“願いの曼荼羅”を完成させるまでの物語。

それは、“誰かのために願う”物語。


君がこの物語を開くとき――

君の願いもまた、曼荼羅の一部となる。

――まだ、光ってないか? 君の世界は。

#光ってない?


……その問いは、朝になっても胸に残っていた。

そして、あの日――佐倉灯夜の“願い”は、目を覚ました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る