クラスで1番の美少女、本田さんの裏の顔を俺だけが知っている。

唐松

災難


桜が舞い散る中、


校門を抜けて駐輪場に続く道に入る。


わずかに滲む汗を拭いながらも、自転車を押して全速力で駆け抜ける。


新学期そうそう遅刻。


朝ギリギリまで布団で粘った自分を恨みたい。何やってたんだ俺は…。



現在の時刻は8時12分、あ、今13分。

旧クラスでのHRが8時10分からだから…。



まあ、こんな日もあっていいと思う。



息を整え、自転車を止めた後、息を潜めるように校舎の中へと入る。



うちの学校は所謂コの字型の校舎で、その間に挟まれるように中庭、そして無駄にでかいだけの掲示板が校舎の入り口前に置かれている。



新クラスはどうやらその掲示板に貼られているらしい。

急ぐことも出来るが…。

どうせもう間に合わない。自分の新クラスの確認でもしていこう。



「えー松原、松原は…」



自分の名前が中々見つからん。

2年3組。知り合いは多少いるみたいだから安心だな。



一仕事終えた気がして、悠々と教室に向かう。



教室に入ると、一瞬だけ目線が集まるが担任は気にかけることもなくHRを続けた。



そのままいつも通りのHRが終わり、高校に入ってから何度目かの始業式。

壇上の横に座る先生一同の顔を何となく眺めているといつの間にか時間が過ぎていく。



始業式が終わる。


新クラの2組3組まで人に流されながら入る。


窓際の端に座る。


恒例の自己紹介が始まる。


有体な日常。


いたずらに過ぎていく時間。


退屈な日々。


予定調和の人生。



きっと青春なんて言葉を作った人間は学生時代ろくな思い出が無かったんだろう。


現実は色褪せていて。

きっとこの僅かばかりの非日常もすぐに退屈な日常に混ざっていく。



皆ぎこちなく挨拶をこなしていく。そんな中。




鶴の一声のように。







「本田恵理です。趣味は映画鑑賞と読書。1年間よろしくお願いします」






凛とした、透き通るような声。風に煽られたカーテンが靡くような、美しいロングヘア。



一瞬で全員の目線が彼女に向いた(気がする)。

特に男子の。



声の主は俺の目の前。

そこにはアイドル顔負けの、まあなんだ、端的に言えば大和撫子みたいに美人で、とにかくなんかヤバい。ヤバい人がいた。



俺がその後どんな自己紹介をしたかは覚えてない。

ただ一つ覚えているのは男子の殆どが本田さんとやらをチラチラと見ていた、ということ。










HR終わり際。クラスの雰囲気は少しづつ和んできていて、かくいう俺も何人かとLINEを交換していた。が、その空気をぶち壊す様に…



「えーでは自己紹介も終わったので次は男女1人ずつクラス委員を決めたいんですけど…」



1番の面倒ごと…。


恐ろしいほど童顔な新担任の斉とう?かわ?だっけ、斉…川先生が少し周りを伺うように問いかける、が…







「…………………………」






教室に束の間の沈黙。

30秒広告がまるまる入りそうなほどの。


束の間が永遠に続く。


皆周囲を伺うように下を向いたままチラチラと。まあ俺もその1人なんだが。



「誰かぁ…誰でも良いんですよぉ…」



先生、可愛そう。可愛い。

俺には関係ないけど………



「誰かぁ…」



あ。

目が、目が合った。目うるめて今にも泣き出しそうな顔でこちらを見る先生そんな縋るような目で俺を見ないで。これじゃまるで俺が悪いことしてるみたいだ…。





えぇぇ…



まあ、まあ、まあ、まあ、


結局は誰が貧乏くじを引くか。

仕方ない。



そうして俺は閉塞感を漂わせたこの空気に、

咳を切るように、そーと手を挙げた。

その時。







目の前の本田さんもビシリと擬音が入りそうなほどしっかりと手を挙げた!



そんな俺たちを、先生は救世主でも見るかのように物凄い笑顔でこちらを見ている…。





「え!じゃあクラス委員は本田さんと松原くんに決まりね!ょかったぁ…」




その瞬間、




クラスの男子全員が俺を睨むように


親の仇でも見つけたかのように


ジロリジロリとこれまた擬音が聞こえてきそうな、というか聞こえてきた。


それくらい、見られている…

何で手なんか挙げたんだ本田さん…

 


「よろしくね、松原くん」



下界の人間に慈悲をお恵みになるかの如く完璧な微笑みを見せる本田さん。

ただ今だけはその笑顔をやめて欲しい。

男の、男の目が怖い。

本田さんの美貌が下界の人間を惑わしていた。




かくして、俺の、退屈になるはずの新生活は波乱の幕開けを果たしたのだが…


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