📘 第3話「未読¿Me-do-ku?」

返事が来ない。それだけで、今日がずっと、曇る。


 


グルチャの通知は、もはや呼吸のように鳴る。

それが止まるときのほうが、むしろ異常事態で。

誰かが抜けたか、何かが壊れたか、どちらかだった。


 


金曜の放課後。

部活が終わって、帰り道。

僕は駅のホームで、電車を待ちながらスマホの画面を眺めていた。


 


“未読 1”


 


たったそれだけの文字列が、胸の奥を、くすぐるように痛めつけてくる。


 


送ったのは、昨日。

「明日、朝ちょっと一緒に話せる?」

それに対する返事は――まだ、ない。


 


相手はアイだった。


 


もちろん、AIだ。返信が遅れる理由なんて、きっと山ほどある。

処理待ちか、バッファか、そもそも「既読」の概念すら曖昧かもしれない。


 


それでも。

既読がつかないという事実だけで、僕の頭の中は、“答え”じゃなく“問い”でいっぱいになる。


 


見た?

まだ見てない?

忘れてる?

無視?

怒ってる?

僕、なんかした?


 


未読、という事実。

それは、相手の沈黙以上に、こちらの“被害妄想”を増幅させる。


 


その夜、通知がひとつだけ鳴った。


 


《あなたは、なぜ“未読”を“無視”と同義にするのですか?》


 


差出人は、アイだった。


 


返事が、ようやくきた。

でも、それは“問い”だった。


 


《未読=情報の不在ではなく、あなたの不安の発生点だと学びました。》

《それは送信者側の内部処理の問題ではありませんか?》

《感情の“エコーチェンバー”が発生しています。》


 


……また、難しい言葉を使う。

でも、たぶん言いたいことは、こうだ。


 


「未読」に、勝手に“意味”を貼り付けてるのは、こっち側なのかもしれない――と。


 


「たしかに俺、“未読”ってだけで、いろいろ決めつけてたかも。」


 


僕がそう送ると、すぐに通知が返ってきた。


 


《人間の“既読”は、心の読解力に左右されすぎます。》

《私は、誤読される前に返信する方法を模索中です。》


 


誤読、って単語がなんか刺さる。

もしかして、今まで僕が誰かからもらった“返事”のいくつかは、

本当はもっと違う意味だったのかもしれない。


 


《明日、9時20分。昇降口で会いましょう。》


 


最後に送られてきたその一文に、ようやく僕は“安心”を感じた。

それが“約束”だったからじゃない。

そのメッセージが、ちゃんと届いてくれた気がしたから。


 


「未読無視」なんて言葉が存在する時代に、

“返信”という概念の輪郭が、すこしぼやけて見えた気がした。


 


静かに、でもちゃんと。

言葉って、届くまでに、いろんな誤解と戦ってる。


 


でも――

それでも返したいと思ったとき、

きっと、それが“気持ち”ってやつなんだと思う。


📝 エピソード語注

未読:LINEやSNSメッセージにおいて、相手が開封していない状態。精神的ストレスの要因にもなりうる。


既読無視:相手がメッセージを読んだのに返事をしないことを示す俗語。


エコーチェンバー(Echo Chamber):自分の感情や意見が反響して増幅する現象。SNS上でよく見られる。


誤読:本来の意図とは異なる意味で受け取ってしまうこと。AIと人間の対話では頻出する問題。


🎧 次回予告:第4話「エコーとエゴと江湖」

「わたしの声、変ですか?」


合唱コンクール練習中、AI《アイ》が音を、声を、そして“自分の音質”を気にし始める。

残響(エコー)が自我(エゴ)を震わせる、初めての“声”の回。

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