赤月が哭く

 近隣のキョウの封凶祠から伸びていた巨大な鍵爪が、一本、一本と剥れていく。

 世界が歪み、赤月哭セキゲッコクキョウが崩壊していく。

 

 覚悟を決めろ。

 高官の娘の呪は、娘を選ばなかった王、王のすべてに向けられていた。

 王は「お前は我であって我ではない」と言ったが、俺に降りかかってきている。

 ここで逃げても、今世だけでなく来世の俺も周りも不幸になるんだ。

  

 俺と龍梅ロンメイは互いに無言で見る。

 封印ができないなら、討つ。

 これが俺たちが出した答えだった。

 

 俺の剣が空を裂き、青い光の弧が触手を薙ぎ払う。

 剣舞はまるで流水のように滑らかで、触手の隙間を縫うように動く。 触手が俺を狙って振り下ろされるが、俺は体を翻し、剣を斜めに振るってその勢いを逸らす。

 金属音のような衝撃音が湖に響き、触手が切り裂かれて靄となって消える。

 龍梅が俺の動きに合わせ、彼女の剣舞が始まる。

 彼女の剣は俺とは異なるリズムを持ち、まるで湖面を滑る水鳥のように優雅だ。

 しかし、その一撃一撃には確かな力が込められている。

 彼女の龍神閃が閃き、青い剣気が波紋のように広がって触手を切り裂く。

 

龍剣ロンジエン!」


 龍梅の声に反応し、俺は瞬時に左に跳ぶ。

 触手が俺のいた場所を叩き、湖水が爆発するように飛び散る。

 俺たちは互いの呼吸を合わせ、剣舞を重ねていく。

 俺の剣が風を呼び、龍梅の剣が水を操るように、まるで二人の舞が湖全体を舞台に変える。

 怪物が怒りに満ちた咆哮を上げ、無数の目をぎらつかせながら新たな黒い触手を召喚する。

 だが、俺たちの剣舞は止まらない。

 俺は一歩踏み込み、剣を縦に振り下ろす。

 青い光が竜巻のように渦巻き、触手を一掃する。

 しかし、次から次へと触手が赤い目から延びてくる。


龍梅ロンメイ、このままじゃキリがない。最後の一撃、合わせるぞ!」


「ええ、龍剣ロンジエン。お父さんが教えてくれた、あの舞を!」


 俺たちは同時に剣を構え、互いの鼓動を感じる。

 剣舞の最終型――双龍の共鳴。

 お父が幼い頃に教えてくれた、家族の絆を象徴する舞だ。

 俺の剣が右に、龍梅の剣が左に、それぞれ弧を描きながら動き始める。

 二人の剣気が共鳴し、青い光が湖全体を照らす。

 赤い目が最後の抵抗とばかりに全ての触手を振り上げ、俺たちを飲み込もうとする。

 だが、俺たちの剣舞は止まらない。

 俺は龍梅と息を合わせ、剣を高く掲げる。

 光が収束し、まるで龍の咆哮のような剣気が赤い目に向かって突き進む。


「これで終わりだ!」


 二人の剣が同時に振り下ろされ、青い光が赤い目の瞳孔を貫く。

 赤い目が断末魔の叫びを上げ、砕け散る。


「龍梅!」


 呪いの力が消滅し、俺たちを乗せていた龍もまた、光の粒となって消えた。

 龍梅は力を使い過ぎたのか、気を失っている。

 すんでのところで、龍梅を掴んだ。

 一緒に、落ちていく。

 

「これで終わったんだ」


 龍梅を引き寄せ、龍梅の頭部を守るように抱きしめる。


「龍梅、姉貴、守れなかった。ごめん」


 この高さから、水面に叩きつけられたら無事では済まないはずだ。

 しかし、お父は守れた。

 呪いの伝搬は食い止めることができた。

 

 ドオンッ!!

 

 大きな水しぶきをあげ、湖に吸い込まれた。

 深く落ちていく。

 水面が遠くになる。

 湖の冷たい水が二人を包み込む。

 俺は龍梅を強く抱きしめ、意識が遠のく。


「お前たちは私の誇りだ」


 お父の声がかすかに聞こえたような気がした。

 俺は目を閉じた。

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