湖の封凶祠
湖の中心にある孤島に、
他の
さらに近づいてはならないーーずっとそう言われ続けてきた場所だった。
「お父! あそこーー石の上に、人がいる!」
女の背中が月明かりを遮り、その姿が黒く浮かび上がる。
そして、その石の側面に背を預け、
「
やはり気を失っているのか、まったく動かない。
その姿に、胸の奥がざわめく。
まだ、大丈夫なはずだ。
まだ。
「こんな橋は、なかったはずだぞ……」
湖にこんな橋は存在しなかった。
湖の孤島へ向かう橋は、赤黒い靄が蠢くように揺れている。
「
「それでも! 俺は行く!」
焚き火の赤い炎が、一瞬、脳裏をよぎる。
あの夜、森の小川で龍梅が粥をかき混ぜながら笑った顔。
お父が煙管を手に「都で暮らす」と呟いた声。
あの温もりが、俺の足を前に進ませる。
「絶対に助ける。もう二度と……龍梅、姉貴を失うなんて……嫌だ」
剣の柄を握りしめ、俺は赤黒い靄が揺らめく橋の上へ。
足を踏み出すたびに、靄が絡みつく。
まるで俺を待っていたかのように足元から這い上がってくる。
「やっぱり、私を迎えに来てくれたのね。
しかし、次の瞬間、女の顔が歪んだ。
何かが壊れたかのように、唇が引きつり、目が大きく見開かれる。
「いや! いやよ! やっと、一緒になれるのに!」
彼女は突如、自分の顔に爪を立て掻きむしる。
「な、何が起こっているんだ!?」
「龍剣さまーー!、助けて! 助けて!! あががあぁぁぁぁぁあああーー!」
彼女の言葉が終わらないうちに、突然女の体が異様な音を立てて裂ける。
「ーーーーーーーー!?」
あまりの出来事に言葉がでなかった。
血しぶきをあげて左右に真っ二つに割れ、封凶祠に血が染み込んでいく。
その光景に、目が釘付けになった。
脳が理解を拒むほど異様で、逃れようとしても目が離せなかった。
「
お父の声に俺はハッと現実に引き戻される。
自分の頬を叩き、
封凶祠に刻まれた古の呪文が赤く輝きだした。
ズウゥゥゥン……ゴゴゴッ……ベキベキベキッ!!
大地を裂くような振動が響き、空気が震える。
一瞬のうちに封凶祠全体へと亀裂が広がる。
破片が飛び散り、乾いた音が周囲に響き渡った。
「うわっ!」
赤黒い土煙が、一気に吹き上がった。
「お父! 封凶祠が!?」
封凶祠が砕けると同時に赤黒い靄が天を覆い、あっという間に周囲が暗くなった。
空間に一本の線が横にゆっくりと黒く刻まれていく。
線が、空間そのものを切り裂くように開いてドロッとした赤い液体が染み出し、空間に垂れ落ちた。
それは巨大な一つの目だった。
怨念の渦がうごめく目玉が、ギョロっとこちらを捉える。
それと同時に赤黒い靄を纏った龍梅がふらりと立ち上がり、目を閉じたまま冷たく言い放つ。
「私を救えなかったお前が、龍梅を救えるはずがない」
起き上がった龍梅は、俺の前世リウの記憶を鮮明に呼び覚ました。
龍梅、いや、姉貴の言葉が俺の胸を鋭く抉る。
「姉貴……ごめん。姉貴の幸せを奪ってしまってーー」
「お前のせいでもう一度、私が死ぬの」
龍梅の声は冷たく、揺るぎない怒りが滲んでいる。
「俺があの女に気づいていたら! 今更何を言っても……。でも、ごめん」
俺は過去の後悔を振り払う。
今、俺にできることはただ一つ。
「もう後悔はしない! ーーこの剣と、俺たちの絆で、どんな呪いも断ち切ってみせる!!」
俺の叫びが湖の孤島に響き、赤い靄が一瞬揺らぐ。
「龍剣、龍梅。お前たちが何を話しているかわからないが、お前たちがいがみ合うことはないはずだ。お前たちがそんな子たちでないことは私がよく知っている」
赤い目は三日月のように細められ、せせら笑っているようだった。
その瞳孔の奥には無数の怨念が渦巻いているのか、仲間が増えるのを待っているかのように無数の手が伸びている。
俺は龍梅にゆっくりと歩み寄り、龍梅の体をそっと抱きかかえた。
「姉貴……ごめん」
彼女の龍神閃を手に握らせる。
龍神閃が微かに光を放ち、持ち主の龍梅を呼び戻そうとしているかのようだった。
「……龍梅。龍梅! 起きろ! 姉貴! 俺には姉貴が必要なんだ!」
彼女の瞼が微かに震え、ゆっくりと目を開く。
「リウ……、いえ、龍剣……ごめん、わたし……」
「龍梅が謝ることなんて、一つもないんだ」
深く息を吸い、わずかに間を置く。
「お父! 龍梅を頼む!」
俺は龍神閃を構え、迷うことなく巨大な赤い目へと足を進める。
俺の足元ーー空間が揺らぎ、そこに龍が現れた。
それはまるで赤い目へと導くように、その背に乗れと言わんばかりに。
「龍神様!?」
龍神の背に飛び乗り、空高く昇る。
「来いーー化け物!」
俺の声が鋭く湖上に響き渡る。
赤い目から無数の靄の触手が伸び、俺を絡め取ろうとする。
闇がうねり、獲物を飲み込む準備を整えているかのようだった。
龍神は俺の意識に呼応するかのように、空を駆け巡る。
俺は剣を振るい、青い光の軌跡で触手を斬り裂く。
刃が空を裂く瞬間、まばゆい閃光が爆発するように広がった。
しかしーー切り裂かれた触手は瞬く間に再生し、俺の動きを押し戻してくる。
何度も何度も練習をしたお父から教わった剣舞。
一人では一進一退、触手の再生速度が速すぎる。
「どうすれば!」
龍梅が触手を斬りながら舞い始める。
「私も戦うわ!」
俺は龍梅の動きに自然と呼吸を合わせる。
龍の背中に乗り空の舞台、二人の剣舞は一糸乱れず舞う。
青い剣気が波紋となり、空間全体へと広がっていく。
その広がりは、まるで湖面に投じられた一滴の水のように、果てしなく続いていった。
その波に呼応するかのように、巨大な鍵爪が闇の中から突き出す。
それは幾重にも絡み合い、赤目の動きを封じようとした。
近隣の郷ーー封凶祠はから伸びているのだろう。
しかしーー。
「封凶祠が壊れてしまった」
とても小さな声であったが王たちの声が聞こえた気がした。
「封印ができない」
「封印ができないわ」
俺たちは、同時に同じことを口にする。
中心である
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