悲しみの誕生日②
「ええ、知っている」
その言葉には、妙な確信があったーーまるで、お父が戻らないことを最初から知っていたかのようにーー否、確信していたかのように。
彼女の白い服は雨に打たれ、体の一部になったかのように張り付いていた。
長い髪は重く濡れ、雨水が滴り落ちるたびに顔をゆっくりと這うように流れた。
彼女は無言のまま、そっと小さな包みを差し出した。
俺は恐る恐る包みを開いた。
その中には革の小物が入ってた。
ーー
それは妙に使い込まれている革の財布だった。
新品ではなかった。
それどころか、何度も触れられ、何度も握られた痕跡が残っている。
「あなたが前に言っていたでしょう? お財布を新しくしたいって。それを、私はずっと覚えていたの」
「え!?」
違う。
違う!
俺はそんなこと、一度たりとも言ったことがない!
俺の戸惑いを見透かしたかのように、彼女はにやりと笑った。
その笑みは、どこか人を試すような、底意地の悪さを感じさせるものだった。
まるで、俺の反応を楽しんでいるかのように。
「あぁ。それから……この剣を……」
しかし、その指先は微かに震え、まるで剣が異物であるかのようにためらいがちだった。
触れるたびに指の動きがぎこちなくなり、その震えが次第に強くなる。
まるで、剣そのものが何かを宿していて、彼女の内にある恐れを引きずり出しているかのようだった。
スラッとした刀身にはまるで生きているような龍の紋様が刻まれており、田舎の
「
その声には、奇妙な熱がこもっていた。
「いらないです……
俺は即座に答えた。
「え? え? え? え? え? え? え? え? え? え? え? え? え? え? いらない? そ、そ、そんな!」
彼女の声が震え、目が揺らいだ。
俺がこの剣や
「そんな、高価なもの頂くわけにはいかないしーー」
俺は言葉を慎重に選んで伝えた。
「ち! 違うの!! こ、この剣! そう、この剣は
「この紋を見て!」
彼女は剣の柄を指差し、その紋を俺にしっかりと見せるようにした。
その紋は、確かにどこかで見たことがあるーーだが、それはどこだっただろうか?
「あ、あぁ……確かに、お父の
記憶の奥から、微かにその紋を見た記憶が蘇る。
「で、でしょ!」
彼女の顔に、一瞬、安堵の色が浮かんだ。
だが、その笑みには何か歪なものが混じっていた。
「お父からなら……、お兄貰っていいよな?」
「うん。
彼女は「また来るわね」そう言い残し、ゆっくりと木戸の向こうへ消えていった。
俺は、剣を眺めた。
その紋様に触れた瞬間、胸の奥に奇妙な感覚が走った。
この感覚はーーまるで、剣が俺に何かを語りかけているような気がした。
なぜ、お父が彼女にこの剣を託したのか、聞くこともできなかった。
「剣……それに桃なんて……どうでもよかったのに……」
俺は剣を握りしめる。
お父が帰ってこない事実は変わらない。
3人で暮らしていけば、それだけでよかったのに。
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