俺さまホイホイ

Hogeko

第1話

 大声で三回繰り返します。

朝礼が始まる前に全員で唱和する三つの言葉。

「恐れ入りますが、何様でいらっしゃいますか」

「それは大変でございますね」

「大丈夫でございます」


これは磨黒(まぐろ)ホールディングスのカスタマセンター、朝の風景である。

 堀田萌代(ほったもえよ)28歳は、入社から数えて6年をむかえ中堅の社員となっていた。現在では横文字となって呼び方が変わってしまったが、以前は「お客様相談窓口」と呼ばれた業務を毎日こなしている。


 ここは、お客様から様々な声が届けられる。感謝の言葉もあるが、大半は苦情が占める。それを受け流すための言葉が冒頭である。


 お客様は電話直後の返答でカウンターパンチを受ける。

「恐れ入りますが、何様でいらっしゃいますか」

何様、ナニサマとはナニゴトか、口のききかたをしらぬのか。お客様はこの時点で頭に血がのぼる。こうなれば、しめたものである。こちらの術中にはまっている。


やりとりは続く、困りごとの相談についての答えは、「それは大変でございますね」で乗り切る。注文をつけてきた場合は、「大丈夫でございます」とYESなのかNOなのか分からない返事を続ける。これでお客様の怒りは頂点に達する。


この会話は他の二人も同時に聞いている。話の内容を精査し、不適切人格者の判断を行う。各人の手元には赤いボタンがある。合格と判定された場合ボタンが押される。


オペレータを含めた三つのボタンが全て赤になると、お客様の通信装置を使用不能にする手段が実行される。固定電話、ネット接続、携帯電話、全ての通信手段が遮断される。

この作業が完了するまで、会話は引き伸ばされる。電話が沈黙した時点で一連の処置終了となる。次からカスタマーセンターにつなぐことは出来ない。

そればかりでなくお客様はネット、電話、全ての通信が出来なくなる。このダメージは大きい。


この裏では、巧妙なシーケンスが流されている。電話が繋がった時点から逆探知を開始。個人が特定され、お客様が契約している通信手段が全て洗い出される。

 三つの赤いボタンが揃ったとき、各通信会社に遮断依頼が自動的に送信され、契約停止の措置がとられる。


異変に気づいたお客様の中には、本人が直接センターに怒鳴り込んでくる場合がある。

これを迎え撃つ対策も、マニュアル化されている。


逆探知と同時並行で個人特定の情報も収集される。氏名、風体、容貌、声紋などと合わせて、本籍地、現住所、家族構成、勤務先情報まで調べ上げる。これらはすべて「俺さまホイホイ」データベースに登録される。


業界のみならず、行政機関も参照しているブラックリストである。


センター玄関に対象者が現れると、データベースとの照合が行われる。

合致する案件がヒットした場合、センター内の担当部署のアラートが鳴り臨戦態勢となる。


対象者の様子は監視カメラで捉えられている。

対象者はそれとは知らず、玄関のタッチパネルから用件を受付に伝える。すると第一のドアが開く。室内はエントランスになっており、受付から指示された通路を順に進んでいくと、ものものしい第二のドアがある。


その横に二つ目のタッチパネルがある。入室するか否かの確認が行われる。ここで引き返せば以前と変わらない生活にもどれる(通信手段の無い生活だが)。最後の関所である。ここで「入室する」を選択すると、ドアが開く。このドアを通り抜けたが最後、現状のままでは外に出られない。

「俺さまホイホイ」に捕まってしまうのだ。


特別室に入室した対象者は身体と心の洗浄を十分に受ける。

すっかり綺麗になると裏口から解放される。外に出た彼は人が変わったようになっている。全身の毛は全て剃り落され、記憶も全て消去されている。新しい人生の門出だ。


この時点でデータベースの消去完了フラグが立ち、一連の処理が完了する。


(この物語はフィクションです。実在する人物や団体などとは関係ありません)

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俺さまホイホイ Hogeko @Hogero

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