第44話 あの日の魔鶏のクリームシチュー②
「手の空いてる魔導師集合ー!
野菜部隊長にチェイス!
シチューにするから全部切って火を通しといて〜。」
アリアの適当な呼び掛けに、「ほいほい。」「手ェ空いてるぞー!」「野菜切るのは任せとけー!」との心強い返事が返ってきた。
チェイスに至っては名指しで呼ばれてしまった上に、訳のわからない役職付きだが、疑問にも思わず従っているところに慣れを感じる。
普段からこんなノリなのかも知れない。
最近では毎日のように来るようになっていた飯仲間(だと第二魔導部隊では認識されている)三人が、見るからにヘロヘロの状態でやってきたものだから、急いで料理を仕上げたいというアリアの気持ちも伝わっているのだろう。
チェイスの指揮で4名の魔導師が、ニンジン・ジャガイモ・玉ねぎ・キャベツの担当として野菜を切るため包丁を構えた。
流石の『食に五月蝿い第二魔導部隊』である。
皮剥き、乱切り、くし切りなどは自由自在。
この程度なら、お手の物である。
切り終わった野菜はチェイスの魔術で加熱して火を通す。
本来ならしっかり煮込んで調理した方が野菜の出汁が出て深みが増すのだが、今回は時短レシピということなので、仕方がなかった。
この魔術は食品中の水分を振動させることによって、その摩擦熱を利用して温めるという作用をするため、極短時間で火が通る。
急いで加熱したい時には非常に便利な魔術なのだ。
皆が野菜の下処理をしてくれている間に、アリアは大鍋にバターを溶かし、火が通りやすいよう薄めに切った肉を炒める。
バターと肉の焼ける香ばしい匂いと、ジュージュー、パチパチと油の跳ねる音が食欲を唆って来る。
既にこれだけでも食べたい気持ちになるのだが、今回作る予定なのはシチューなので、むしろ調理としてはこれからだ。
段々焼けた肉の色が変わって来たので、そのあたりで具が隠れる程度にミルクを加え、ぐつぐつと煮込んでおく。
匂いだけは既にクリームシチューらしい感じである。
「おっし、アリア、野菜班作業終了だ!
このまま鍋に投入していいか?」
「うん、全部いっぺんに入れちゃって。」
加熱し終わり全体的にしっかりと火が通った野菜を全て、大鍋の中へ。
ここまでの作業で凡そ10分。
なかなかに早いペースであった。
これは料理屋を開けるのでは?
いや、あくまで我々は魔導師なのだが。
魔導師たちがあっはっはと笑って大鍋を囲む。
魔導師ジョークというやつであるが、冗談だと思っているのは魔導師だけで、聞いた相手は大抵が「確かにそうかも」と頷くので、ジョークとしてのレベルは限りなく低かった。
まだ冷たいミルクをボウルに入れて、小麦粉を加えたら泡立て器でダマが残らないようしっかりと掻き混ぜた。
綺麗に溶いたあとは、先程の大鍋に合流させて、とろみをつけるのだ。
アリアがそうして掻き混ぜている間に、チェイスがコンソメを持って来た。
魔導部隊が何故か常備している手作りコンソメの詰められた保存瓶である。
整理整頓の苦手な魔導師たちだが、不思議と食が絡むことだけは事細かに行われるので、こうして保存された瓶の在庫が減ってくると誰かしらが追加でコンソメ作りを始めるというから、魔導師の生態とは訳が分からないと言われていたりする。
キュパッと瓶の蓋を開ける音がする。
チェイスが大鍋にコンソメを入れる横で、アリアはしっかり混ざったミルクを一緒に流し込んだ。
大鍋の中身が再びくつくつ良い音を立て始めた頃、アリアは塩コショウを入れて味を整えた。
「うん、味付けはこんなものかな。
後は5分程煮込んで味を馴染ませたら完成ね。」
因みにちょっと塩を多めにするのが、アリアの好みのレシピであった。
******
いつもはポケポケとした動きを見せる魔導師たちが、キビキビと動き出すのは料理をしている時だけである。
そんな調理に取り組む姿をボウっと眺めながら、アドルファスは隣に座って同じようにボウっとしているフランクとヴェロニカに声を掛けた。
「おい、フランク。
お前、ちゃんと起きてるんだろうな。」
「あ〜…起きてっけど、現実で起きてんのか夢ん中なのか分からんくらいには眠いと思ってる。
んでも、ヴェロニカ嬢も頑張ってんし、腹が減ってるし、俺だけ寝るわけにもいかんでしょ。」
弱々しい笑顔を見せるフランクも、その女性ウケの良さそうな顔面にはかなりの濃い隈が出来ていた。
「まぁ…大分お疲れなのですわね。
けれどアリアさんがご飯を作ってくださっておりますもの。
わたくしも頑張りますから、フランクさんも、もう少しだけ、頑張りましょうね。」
フランクの言葉に笑顔で返したヴェロニカも、いつもはツヤツヤとした銀の髪が、心なしか萎れたようになっている。
「——良い匂いがして来たから、多分もう直ぐなんだと思う…。
オレは根性で起きとくぞ…。
今寝たら、アリアのご飯にありつけない…それは大きな損害だ…。」
憂い顔でフッと微笑みを溢したアドルファスは、その疲れがまた特殊な効果を生み出しており、まるで名画のようだった。
しかしながら、今この場にはその様子を見てキャーキャー騒ぐような女子は、一人もいなかった。
平和だな、とアドルファスは思う。
騎士隊の隊室は筋肉自慢の隊員たちが、密になって詰まっている為、その身体から立ち昇る熱と蒸気で蒸し暑いし汗臭かった。
それに比べて魔導部隊は、比率で言えば男が多いにも関わらず、汗臭くはなく常に美味しそうな食べ物の匂いで一杯だし、熱気も蒸気も釜戸から出るものなので、心に優しいものだった。
慣れてくると散らかり放題の魔導書だって、落ち着く景色に見えてくるのだから、実に不思議な話であった。
(ああ…、ここに来ると癒されるな…。)
アドルファスの心が呟く。
ワイワイと騒ぐ魔導師たちの声に耳を傾ける。
それはまるで、秋の気配を感じ取ろうと、鈴虫の声に耳を澄ませるかのような姿であった。
郷愁の念でも感じているのかも知れない。
どう考えても間違っているが、誰一人、今のアドルファスにツッコむ人はいなかった。
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