第20話 魔貝ハマグリ④

 ヴェロニカが虚無の仮面を被りながらもテーブルの上に手を付けた。

 ここを何とかせねばと思ってしまったらしかった。

 それを見かねて手伝いを申し出たフランクと共に、ヴェロニカが第二魔導隊の談話室を片付け始めた頃である。

 

 片付けに巻き込まれないよう(どちらかと言うと当事者はアリアの方なのだが。)アリアはアドルファスと共に静かにコッソリ詰め所の窓から外に出て、すでに熱されている焼き網に近寄った。


 焼き網の横には焼かれるのを待っている(ハマグリ的には待ってはいない。あくまでアリア側の感覚である。)貝たちが既に待機していた。


 第二魔導部隊が総出で狩ってきた魔貝ハマグリは、ずっしりとした重みがあり、しっかりと身が詰まっているのを感じさせた。

 貝殻にも艶があり、光沢があって表面には汚れひとつ見当たらない。

 ガッチリと閉じた貝の殻が力強く、いかにも新鮮ですと言わんばかりだった。


 本日はバーベキューの予定だし、ハマグリは既に砂抜きが終わっているため、あとは大した準備は要らなかった。

 ハマグリと切ったバゲットを炙るだけだ。


 ハマグリを直火で焼く時の注意点が一つある。

 アリアはハマグリを手に取ると、アドルファスに向かって話しかけた。


「そのまま網の上に置いて焼いても、まぁ焼けはするんだけど、貝が開くときにパンってなって、せっかくの旨味が凝縮されてる出汁が溢れちゃうことって多いんだよね。」


 アドルファスも同意する。

 そう言えばやったことがある。

 過去の苦い思い出が蘇った。


「ああ、確かにね。

 騎士隊で以前、魔獣討伐の遠征に出たときにさ、携帯食料が全部戦闘でダメになってね。

 仕方なく現地で、目についた貝やらヒトデやらを片っ端から焚き火に放り込んで焼いて食べたことがある。

 汁が全て吹きこぼれてボソボソになるし、食べたら食べたで貝の中に砂が沢山入っててジャリジャリするしで散々だった。」


「ヒトデも食べたんだ?」


「食べたね、他に何もなかったから。」


「私はヒトデはまだ未経験だなぁ。食べた感想は?どうだった?」


「ううーん…。調味料なんてないからただ焼いて食べたんだよ。

 直接火の中に放り込んで、焦げついた表面の皮を剥いてから、中身?をこう、取り出してさ。

 強いて言うなら味はウニとかに近いだろうか…っていう要素をかろうじて感じた。

 けどなんだろうな…渋みが強くて。

 たまたまオレが食った個体が渋かったのか、ヒトデ全般がそうなのかは分からない…。」


「そう聞くと、試してみよっかなとはならないよね。

 …よし、じゃあ機会があったら隊長あたりに試してみるね。」


 アリアは何時になくいい笑顔で笑っている。


 (魔導部隊って隊長さんの扱い、割りと雑な気がするんだけど、気のせいだろうか…。)


 少しばかり不憫に思うアドルファスである。

 アドルファスの所属する第三騎士隊もそう違いはなかったが、自分のことはひとまず棚に上げておいた。


「ええっと、それで、貝だよ、貝。

 確かに溢れたなって話だったはずなんだが…。

 あの日の記憶が蘇って、つい話が逸れてしまった…。」


「んふふっ、私としては興味深い話だったけどね。

 それで貝は、貝はねぇ、殻を閉じてるのは貝柱だから、要するに、貝柱が外れたときに開くわけだよね。

 熱すると貝が死んで、貝柱が外れて、殻が開く。

 まあ、たまに貝柱が丈夫だと、死んでも殻が開かなかったりするのもあるんだけど、今は置いといて。

 つまり、バーベキューの場合のハマグリは基本的に、下からの加熱によって貝が死んで、先ず下側に面した貝柱が外れて殻が開く。

 先に下が外れて殻が開くと、身は上側にくっついてるから貝がバランスを崩してひっくり返る。

 すると殻に溜まってた出汁が全部溢れるんだよね。

 と言うことで、先に上側から熱することで、上側の貝柱を外してあげれば、殻が開くのは上側が先になるから…、」


「出汁を溢さないで済むわけだ。」


「そう。だから、魔導師がハマグリを焼く場合は、先ずこうして……、」


 アリアの掌から炎が上がる。

 上がった炎は真っ直ぐハマグリの元に飛んでいくと、焼き網に並べたハマグリの殻の上部を順番に焼いていった。


「下側の貝柱が外れる前に上側の殻を魔術で熱して、先に上側の殻から開いておきまっす!」


 アリアは無駄に笑顔である。

 突然の魔術に、アドルファスの口元が引き攣った。


「…魔導師以外なら?」


「以外なら〜…包み焼きかな。

 熱がこもって上部に火が通るから、原理としては同じだね。」


「遠征とかだとそもそも包むものがなぁ…。

 焼くんじゃなくて蒸すってことだろう?」


「鎧着てるんだし、兜とか使えば良くないかな?

 兜の中に貝入れて、その上に大きめの葉っぱか何かを乗せて、蓋してから火にかける!

 これでどうだ!」


「…それ、直前まで自分たちが被ってて汗臭くなってる兜だろ?

 汗も塩味みたいなものだから問題ないな、とはならないぞ。

 特におじさん連中の兜を差し出されたりした日には、地獄を見るぞ…。

 ……最終手段だな。」


 焚き火で炙られたハマグリが返事をするようにパクンと開いた。

 先に熱しておいたお陰で無事に出汁は殻の中に留まったままだった。


 ハマグリから出てきた水分がぐつぐつと音を立てて煮立っている。

 こうなった時が食べ頃だ。


「あんまり焼き過ぎると身が固くなっちゃうから、焼き網からは降ろしちゃうね。」


「いい匂いがしてきたな。」


 ふんふんと鼻を鳴らすアドルファスに釣られて、アリアも思わず大きく息を吸った。

 よく焼けた香ばしい香りと芳醇な海の幸の香りが、第二魔導部隊の詰め所裏庭全体に広がった。

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