エリート騎士と平魔導師の癒し飯
猫宮 秋
第1話 プロローグ① 茄子
年頃の男女が向かい合って座り、横に壮年の男が一人。
誰がなんと言おうと見るからに見合いの席である。
年頃の彼女—…アリア・パーカー22歳は、普段なら着ることのないコルセットで締め上げられたドレスを着ていて、今居るこの王都でも非常にお高くて評判の高級料理店で、絶対に自腹では頼まないコース料理を突いていた。
今日この場に来る前に同僚に聞いた情報だと、隣国で10年修行をしてきた料理長が自信を持ってお出しするオリジナルレシピなんだとか。
せっかく自分では絶対に来ないに違いない店で食事をするのだから、コルセットなど着けたくは無かったと嘆いていたのだが、食事が始まった今の心境としては『コルセットなどどうでもいい、良いから料理長をよべ』である。
見合い相手はあり得ないほど顔の良い、有名エリート騎士だった。
魔法以外のことについては大概どうでもいいと考えているアリアからしても、凄い美形だなと判断するレベル。
いかにも騎士然とした佇まいに、鍛え上げられた肉体美。いつも着ているのだろう騎士隊の礼服は、まるで彼の為に誂えたように似合っている。
窓から差し込む光を受けて、輝く金の髪、涼やかな青い瞳。
アリアは茶髪に黒目の自分とは大違いだなと考えていた。
仲人らしき男性ですら、彼の美形っぷりを讃えていた。同性の目から見ても嫉妬すら超えて称賛するレベルとは恐れ入った。
(目の保養ってやつだから、今のうちにしっかり見ておこう。)
まるで実験体の魔獣でも観察するかの如く、彼の全身をくまなく目に映す。
あまりに不躾なこの態度にあちらがブチギレようが、アリアは構わなかった。
なぜなら恐らく、彼と会うのはこれっきりだから。
この見合い、実を言うとアリアは来る予定ではなく、代理で参加しただけだからだ。
アリアが20歳で王宮魔導部隊に入隊して以降、ほんの数回会話(挨拶のみ)したかしてないか程度の同性の同僚から代理を頼まれたのは、つい2日ほど前だった。
なんでも『突然に仕事が舞い込んできてどうしても抜けられない、行くはずだった見合いに行けないので代わりに参加してくれないだろうか。』といった内容で、詳しく聞きだすとどうやら仲人が高位の貴族家出身の人だから断るわけにもいかず、とりあえず自分と条件の近い人間を探していたのだそう。
つまり、王宮魔導士隊に所属する年頃の未婚女子。
そんなもん知るかと思ったので、最初は普通に断るつもりだったのだが、行き先を聞いて考え直した。
評判の高級料理店で食事ができて、こちらは払う必要がないと聞いたので。
要するに、食べ物に釣られたわけである。
(だと言うのにこれだもの。)
本日はお日柄も良く、年間に一度でも着るか着ないかという様な服を着て、目の前には人生で初めて見るレベルの美形男性と高級料理店で食事をする。
字面だけ見ればこの上ない贅沢だし、最高の一日のように思えるが。
——この高級料理店、驚くことに料理がクソだった。
(おっと、お下品だったわ。)
けど仕方ないと言わせて欲しい。品のない言葉がポロリとするくらいに味に品が無い。
隣国で何を学んで来たのだ貴様、と料理長とやらを呼び出したい気分。
今が旬である茄子を主体にした、料理長開発の新レシピ。
揚げ茄子自体は構わないが、何をどうしたのか、新鮮な茄子が我の強い味の油を存分に身に纏い口周りをベタベタに汚し重量を増し増してどっしりと胃にもたれる。
ポタージュにされた茄子の冷製スープも、浮かべられたクルトンが硬すぎて主張が激しく、反対にスープはぼんやりした味付けで主張しない。
メインだという茄子と鶏肉の焼き物も、掛けられたクリームソースはハーブが良く効いていて、食材の味を見事に封じ込めるのに成功していた。
調味料の味しかしない横に添えてある付け合わせの野菜は、完全に色目を意識しただけの食材。
見た目は飾り切りなんかで華やかだが、色変わりと煮崩れを嫌がったのだろう結果は、噛むとボリボリと音がする殆ど火が通っていないレベルでほぼ生。
そもそも何なの?付け合わせは主役じゃ無いからこれで良いとか、そう言うことおもってるの??
この料理長、余程茄子が嫌いなのかと言うくらい全力で茄子の味を消していた。
逆にすごい。
凄いけれど、どうせ茄子を食べるなら、こう奇を衒った感じに仕上がった物でなくて、ちゃんと素材の味を活かした、シンプルかつ素朴な味わいの料理が食べたかった。
香ばしく焼き上げた茄子のグラタン。
焦げ目をつけた茄子の肉巻き。
刻み玉ねぎとお酢の合わせダレをたっぷり掛けた茄子の炒め物…。
オイスターソースの効いた生姜焼きも悪くない。
(わかるだろうか…私の求めるものが…。)
いっそただの焼き茄子でも良かったと言うのに…。
アリアは魔導師だ。
魔力は血液と共に血管を流れ体内を巡る。
そのせいか、魔導師は食に五月蝿いものが多かった。
殆ど無意識の内に、血流を良くしたいのか健康的な食事をし、魔力を高めるよう心がけている為だ。
——そうして。
ここがアリアの臨界点だった。
「…フォークナーさんでしたよね?」
「えっ、あ、はい。」
「フォークナーさんは騎士様だと伺いましたけど、遠乗なんかは良くするんです?」
「は?……ああ、そうですね。騎士の嗜みですからね。(←?)」
フォークナーさん…王宮騎士第三部隊に所属するアドルファス・フォークナー27歳は、何が言いたいのかよく分からないといった顔をして、ここでやっとアリアを見た。
見合い開始と同時にただ黙々と飯を食べ始めた女が、突然脈絡のない話を振ってきたのだから当然だが。
そのせいで返事も適当になっている。
「では、行きましょう。遠乗り。今から。すぐ。」
「はぁ…?今からですか?」
仲人もアドルファスも、何ならここにいる彼女以外の全員は頭に疑問符を浮かべていたが、まぁ先程まで黙って飯食ってただけだったから、それを思えば若人二人で連れ立って出かけるのは悪くなかろう、これも彼女なりのデートのお誘いのつもりなのかもと、それを促した。
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