第10話 好き


「……お仕事、がんばってね…。」


仕事からの帰り道。


ぽつりと呟いた声が、自分のものなのに遠く聞こえた。


信号待ちの足元に

長く伸びた影が揺れている。


さっきまで心の中に灯っていた、ちいさな期待の火が、風に吹かれたように揺らいでいた。



(同僚、か……)



無意識のうちに、その言葉が頭の中で反芻される。


そして、ずっと目を逸らしていた“違和感”が

今日はやけに気にかかる…。



東京の地理に妙に詳しい


電車の乗り換えや歩き方がスムーズ


こっちに住んでるはずなのに話が弾まない



(…でも、嘘をついてるような人に見えなかった)


――信じたい。


けれど、小さな不安が膨らんでいく。


街の明かりが滲む視界の端に

ぽたりと落ちた雫。


自分が泣いていることに気づくまでに、少し時間がかかった。


(わたし…もう――ちゃんと、好きになっちゃってたんだ)


スマホを胸にぎゅっと抱きしめる。



今日は会えないだけ、なのに。


どうしてこんなに、苦しいんだろう。


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