待てれども
dede
待てれども
牛乳とスポーツ飲料水のどちらがいいだろうと思いながら暖簾をくぐると
「あ」
「あ」
香川さんと鉢合わせした。
「武藤くん、ケンタ君は?」
「まだ入ってる。たぶん、あいつまだ長いよ」
「そう……」
と残念そうだった。
周囲を見渡すと、廊下で立ち話をしている同級生は結構いた。特に男女で話している人が多い。1日目の今日はずっと班行動だったから、班が分かれた相手と少しでも直接会ってコミュニケーションを取りたいのだろう。幸い夕食の時間までまだある。だから彼女もそういう目論見でいたのだろう。若干当てが外れたようだけど。
俺は肩から掛けていたバスタオルでまだ湿っていた髪を拭う。どうせ熱いだろうと上のジャージは部屋に置いてきた。そして案の定暑かった。Tシャツをパタパタさせて汗ばんだ体を冷ます。その様子を興味深そうに彼女は観ていた。
「なに?」
「普段と雰囲気違うね」
「そう? でも香川さんもだよ」
彼女も風呂上りでいつもと雰囲気が違う。服装は学校ジャージで見慣れているハズなのに。肌は上気し、髪はまだ湿っているのかいつもより艶っぽい。俺は悪い気がして少し彼女から視線を外す。彼女のそばに立っていると、いつもよりも強くいい匂いがしてコレも困る。気持ち呼吸を浅くしてあまり吸い込まないようにする。
「そうかな」
「そうだよ」
そこで会話はパタリと止まった。あまり彼女との会話は弾まない。だからたまにケンタがいない時に彼女と会うと会話に困る。そんな時は適当な理由をつけてその場を離れるのだけど……チラリと背後を見やる。
風呂から出てきた男子生徒たちはいつもと雰囲気の違う彼女に気がつくと鼻の下を伸ばしながら名残惜しそうに去って行く。強引な事はされないと思うが、この浮ついた雰囲気に流されていつもと違う行動に出る奴がいてもおかしくないとも思う(実際去年の先輩たちの時は結構な告白イベントが起きたというし)。
虫除けは必要かと、アイツが出てくるまではもう少し居る事を決めた。
「香川さん、ちょっとイイ?」
「なに?」
俺は彼女を連れて近くの自販機に移動した。電子マネーは使えなかったので小銭入れからお金を取り出して入れるとミネラルウォーターを選ぶ。そしてまた小銭を投入する。
「アイツ、牛乳とスポーツ飲料水ならどっち飲むと思う?」
彼女は少し迷った素振りを見せる。
「牛乳、かな」
「なるほど」
俺が牛乳のボタンを押すと、紙パックがガコンと落ちた。
「武藤くんの方がケンタ君の事分かってると思うけど……」
「だからだよ。俺より香川さんの選んだヤツの方が喜ぶ。大丈夫、俺も牛乳だと思ってたから。それで、香川さんは?」
「え?」
「どれ飲む? ほら、選んで」
「そんな、悪いよ」
「気にすんなって。それに香川さんが手ぶらだとアイツも気にするだろ?」
「そういう事なら……私も水で。ありがとう武藤くん」
水と牛乳を彼女に手渡す。
「どういたしまして」
そして俺はペットボトルの蓋を開け、グビリグビリと勢いよく飲み込んでいく。欲していた冷たい水分に湯上りの体が歓喜する。ようやく満足する頃にはボトルの水は半分まで減っていた。ふと視線に気づく。彼女が興味深そうに観ていた。
「なに?」
「ううん、別に。喉乾いてたんだなーって」
彼女もキャップを外すと、コクコクと飲む。晒された白い首が見えたので男湯の入口へと目を向ける。
「随分長湯だから、アイツはもっとカラカラだろ。手渡したらきっと喜ぶよ」
「ありがとう。武藤くんは気遣えて凄いね」
「明日の自由行動はスタジアム行くんだっけ?」
「うん、ケンタ君が行ってみたいって。武藤くんも来ればよかったのに」
「勘弁してくれ。俺は他の連中と恐竜博物館に行くんだ」
おおらかなのか、たまに遊びに誘われる事がある。折角のデートなのだから二人で楽しめばいいのにと思うのだがそうでもないらしい。俺には経験がないので分からない。二人きりで居たいものではないのか。
ちなみに本当に勘弁して欲しい。スタジアムには興味が実のところあったけど、一緒に行動してる間にケンタが席を外す事もあるだろう。俺は香川さんとの気まずい沈黙が苦手なのだ。その点においては会話が続けられるケンタの事をとても尊敬している。だから、彼女ができるんだろうな。
……そろそろケンタも上がってくる頃だろうか。気にしないんだろうけど、俺が気にするので鉢合わせする前に退散することにする。
「じゃ、そろそろ戻るよ。明日も楽しみだな」
「そうだね」
順番は大事だ。
部屋に戻る途中、廊下の窓から外が見えた。知らない街の空は今では色濃く星もチラホラと見え始めた。
もっと明るい時間帯から星が見たいと思ってみてもそれは矛盾していて、暗くなるから星が見えるのである。順番は変わらない。変えれない。
順番は大事だ。
香川さんと話すようになったのはケンタと付き合うようになったからだし。
香川さんがキレイになったのはケンタと付き合うようになったからだ。
星に彼女の事を好きになんてなりませんようにと心底願いながら、薄っぺらいスリッパをパタパタと鳴らしつつ宛がわれた部屋へと一人戻った。Tシャツをパタパタとさせながら体の熱を冷ましていく。
待てれども dede @dede2
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