高金利通貨の甘い罠
はるはるな
第1話 トルコリラ
村田圭介(むらた・けいすけ)、38歳。地方の中堅メーカーで営業職として働く彼は、一見すると人当たりが良く社交的な男だった。取引先への愛想も良く、同僚との飲み会では場を盛り上げるムードメーカー。
だがその笑顔の裏では、怠惰で無責任な本性が静かに横たわっていた。小さな約束を平気で破り、仕事の準備もギリギリまで手を付けない。何か問題が起これば言い訳を並べ立て、責任を逃れる術ばかりを考えているような男だった。
それでも平穏な日々が続いていた頃、彼には同棲中の恋人がいた。彼女は同年代で、結婚も視野に入れ将来を語り合う仲だった。二人の暮らしは質素ながらも穏やかで、圭介も表向きは真面目に働き、休日にはドライブに出かける普通の生活を送っていた。
しかし30代半ばに差し掛かり、内心では焦りも生まれていた。給料は大きく増える見込みもなく、このままでは家を買うことも難しい。もっと楽に金を増やせる方法はないか——そんな漠然とした不満と野心が、圭介の胸の内でくすぶっていた。
ある日、職場の同僚との雑談で「FXで儲けた」という噂話が耳に入った。為替証拠金取引(FX)で高金利の通貨を買っておけば、スワップ金利(通貨間の金利差による受取利息)で不労所得が得られるというのだ。
特にトルコの通貨リラは政策金利が高く、日本円との金利差が大きいのでスワップポイントがたくさん付与されると聞いた 。
圭介はその話に飛びついた。調べてみると、例えばトルコリラ/円で1万リラを買いで持ち越すと、1日あたり約90円ものスワップ金利が受け取れるという(※2018年当時の一例) 。
日本の銀行預金金利がほぼゼロに等しい時代に、何もしなくても日々お小遣い程度の金額が入ってくる魅力は抗いがたいものだった。
圭介は頭の中で皮算用を始めた。トルコリラは1リラ=約80~90円前後(2008年当時)のレートだった。
会社のボーナスなどをかき集めて50万円を投資に回せば、FXではレバレッジを利かせて最大25倍までの取引も可能だが、リスクを考えて5倍に抑えたとしても250万円分のリラを買える。250万円分というと、約3万リラほどのポジションだ。仮に年利15%程度の金利差があるなら、250万円の15%で年間37万5千円、1日あたり約1,000円の利息収入になる計算だ 。
50万円の元手に対して年利75%にもなる夢のような話に、圭介の胸は高鳴った。「これなら……働かなくても金が増える。いや、働きながらでも簡単に資産を殖やせる!」彼の瞳には高金利という甘い蜜が輝いて見えた。
彼女にも内緒でFXの口座を開くと、圭介はすぐにトルコリラの長期保有を開始した。
2008年初夏、レバレッジ5倍で50万円の証拠金から生まれた250万円相当のトルコリラ買いポジション。南欧と中東の狭間に位置し、新興経済国として成長が期待されていたトルコの将来性にも賭けたつもりだった。
高金利通貨への長期投資こそ自分達の未来を切り拓く——そんな幻想にも似た希望を抱きながら、圭介は日々スワップ金利が口座に積み上がる様子を眺めては悦に入った。
最初の数カ月、口座残高はじわじわと増えていった。毎日深夜になると証券会社のシステムがスワップポイントを計上し、「+○○円」と利息が付く。その数字を見るたびに圭介は小さく笑みを浮かべた。何もしなくても金が増えていく——こんな嬉しいことはない。彼女との将来のため、いずれ結婚資金やマイホーム購入の頭金にもできるだろう。
圭介は彼女に「貯金が順調にできているよ」とだけ伝え、FXで運用している事実は伏せていた。余計な心配をかけたくないという建前だったが、本音では「自分の才覚で増やした金」で彼女を驚かせたいという虚栄心があったのかもしれない。
しかし、そんな蜜月は長くは続かなかった。
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