零の誓い・無宿編 ― 魔力至上主義の異世界で、零から世界を壊す ―
久留間猫次郎
第1話 追われる者たち
風に乾いた砂が舞う街道を、三人と一頭のロバが歩いていた。
どこまでも続く丘陵と草原。
人の気配はなく、ただ旅人だけが、道の上に影を落とす。
陽は高く、空気はやや乾いている。
旅を始めてから幾日が経ったのか、もう数えてもいなかった。
ナヤナが、杖を支えにして静かに歩を進めていたが、ふと立ち止まり、顔を伏せる。
『……申し訳ありません。 少し、休ませて……』
隼人は振り返り、すぐにロバの背に積んでいた布を軽く整えて手を差し伸べた。
「無理すんな。 ちょっとだけでも乗ってろ」
『ありがとう、隼人』
彼女が軽く腰を下ろすと、ふぅ……と安堵の息が漏れた。
背中に滴る汗。
頬は薄紅に染まり、熱がこもっているようだった。
カレンが隼人の横に並び、苦笑まじりに言う。
「ナヤナ、ほんと頑張ってるよね。
……でも、道のりはまだまだって感じか」
隼人は一つ頷いたあと、小さく息を吐き、カレンに向き直る。
「カレン。 ……旅を続けるにあたって、ひとつだけ、ルールを決めよう」
「うん?」
「“目立たない”ってのは、ただ行動を控えるってことじゃない。
“真っ当に生活する”って意味だ」
カレンの表情が、やや曇る。
「……つまり、盗みも、イカサマも、なしってこと?」
「ああ。 ナヤナの透視で賭場を荒らしたり、
お前がスリで日銭を稼ぐことも……やろうと思えばできるけど、それは違う。」
「俺たちは、後ろ暗いことから逃げてるんじゃない。
悪に染まるために逃げてるわけじゃないんだ」
隼人の目は真っ直ぐだった。
「……俺は、それで人が壊れるのを見てきた。
わがままかもしれないけど、俺は“そうなりたくない”んだ」
「小さな悪意でも、自分を腐らせる。 だからこそ
──俺たちは、自分たちを選び続けなきゃいけないと思う」
カレンは肩をすくめ、小さく笑った。
「……ま、隼人が言うなら、仕方ないか。 わかったよ。 ルール、守る」
ナヤナも、ゆっくりと目を開き、念話で答えた。
『……私も、そう思います。 もし魂が、行い次第で染まるのだとすれば
──私たちは、何者でありたいかを、選ばねばなりませんもの』
「ありがとう、二人とも」
そうして一行は、なけなしの所持金を使ってロバ
──運搬用の家畜“モスロ”を一頭だけ買い、
身分を偽って流れ者の用心棒として小さな仕事を請けながら、道を進んでいた。
目的地は、西方の自由都市同盟。
しかし、素直に西へ向かうのは、あまりにも危険だった。
「追っ手は、俺たちが“最短ルート”を取ると思って動くだろう。
だったら、予想の裏をかく」
そう判断した隼人たちは、あえて“北”──大森林地帯を
抱える
カルネリアは精霊信仰の国。
森に生きる多部族が集まり、大精霊使いを“首長”として仰ぐ、
王国とはまったく異なる文化圏だ。
政治的には中立に近いが、王国とは時折、
森林領域の管理や聖域を巡って衝突を起こしている。
その不安定さゆえ、亡命者や流れ者も少なくない。
いわば──隠れ家としては“ちょうどよい”国だった。
だが、その道のりは長く、過酷だった。
ナヤナは、もともと体力は子供くらい。
そして現在は“浮遊移動”も禁じられている。
限界は、少しずつ近づいていた。
──ある晩。
薄暮のなかで野営をしていたとき、ナヤナの様子が明らかにおかしかった。
『……ごめんなさい、隼人……少し、熱い……』
「ナヤナ!? おい……!」
倒れ込むナヤナを支えた隼人の指先に、明確な熱が伝わる。
「……発熱だ。完全に、体力が尽きてる……!」
カレンが素早く地図を広げ、近くの人里を探す。
「ここから西に少し行ったところに、農場がある。
地元の交易地図じゃ、それなりに大きなものみたい」
「そこに賭けるしかないな……!」
荷をロバに移し、隼人はナヤナを背負い直した。
その背中は軽く、儚いほどに細かった。
(ナヤナは……俺にとって、もうただの同行者じゃない)
異星から来たこの少女は、いつの間にか──
自分の妹のような、守るべき存在になっていた。
だからこそ、彼女の身体が熱に沈んでいく感触に、心臓が強く締めつけられた。
(もう誰も……もう絶対に、大切な存在を失いたくない)
「踏ん張れ……ナヤナ。すぐ、温かい場所に連れていくからな」
『……うん……隼人、カレン……お願い』
沈む夕日が、遠くの地平を赤く染めていた。
微かに煙の匂いが流れてくる。
焚き火の気配だろうか。
──それは、救いか、それとも……。
そして、三人の前には──運命を変える“出会い”が、待っていた。
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