第28話 武器の町とシルバーフェスティバル



 アンナが何者かと接触している頃、同時刻。


 ワンドは屋敷の執務室で、苛立っていた。


 ワンドはサーズの死亡に加えて、アンナの不祥事でノイローゼになっている。


「いったいどこで間違えたのだ」


 ワンドはベルで使用人をよびつける。


 だが使用人はこない。


 シャックスの成功を知って、シャックスを虐げていた自分達の行為が世間に明るみに出るのではないかと恐れ、屋敷を辞めていく者が多かった。


 少人数で仕事をこなす事になったため、来るはずの使用人は、疲れでワンドがベルを鳴らした事に気が付いていなかった。


 ワンドは舌打ちしながら、自分で水を取りにいき、薬も手元に用意。


 眠れないために睡眠薬を飲むが、眠気はこない。


 サーズを探索隊に推薦した事が間違っていたのか、とワンドは思う。


 その他にも、アンナを当主にした事や、試験のやり方を決めた事、子供達を育てるための方針を決めた事などを思い出した。


 しかしあらためて考えてみても、ワンドにはそれらが失敗だったとは思わなかった。


 最後に頭の中によぎったのは、なぜか突然部屋の中にこもるようになった時のレーナの事。


 それまでのレーナは、ワンドに笑みを向ける事もあった。


 そのため、ワンドにとってその出来事は不可解な事、この上ないものだった。


 あの時から色々な事が悪い方向に転がっていったように思えた。


 ワンドは表情を険しくしながら、髪を掻きむしる。


 窓の外の夜は闇を濃くしていく。





 それは、どこかの時間軸。


 今ではないかつての過去。


 魔王は、いつか来るその日のために、何度も転生をしていた。


 彼は魔王としての記憶をなくし、人間として何度も生きる。


 その人生の中には、幸福の記憶も、不幸の記憶も等しくあった。


 優秀な魔法使いを育てた師としての記憶もあれば、


 大罪を犯した愚かな息子に振り回された果て、自ら引導を渡した記憶もあった。


 だが、不思議とあたりさわりのない平凡な一生を送った記憶はどこにもなかった。


 魔王の人生はいつも極端で、誰もが羨むような幸福なものだったか、誰もが目を覆いたくなるような悲惨なものだったかにわかれていた。


 そんな記憶の中には、レーナとよく似た性格の女性と結婚した人生があった。


 その女性は、倒れている者や弱っている者を見れば、損得関係なく動く女性だった。


 特別な力があり、将来をある程度知ることができる存在だった。


 記憶の中の女性は、心配そうな表情で魔王の転生体に語りかける。


「私があなたとまためぐり逢えたら、あなたが暴走した時に止めてあげられるのに。残念な事に、これ以降あなたに会える未来が見えないのよね」

「何の話だ」

「良い? これから私が言うことを、よく聞いて。そして忘れないで。いつも、どんな時でも。あなたはまだ小さな子供、他人を慮る事ができない赤子のようなもの。自分に都合の良くないものが目の前に現れたからって、無関心にならないで、冷たく接しないで、どうか寛容でいてほしい」


 女性が口にしたそのセリフは、他の人生では思い出される事がなかった。


 魔王は、記憶を保持したまま次の人生を生きられない。


 魂に異質なものが混ざって次に生まれたシャックスとは違って。


 魔王がどの人生でも、全てを思い出すのはいつも死の間際だった。







 平和な日常を過ごす中、シャックスは王から遣わされた兵士たちから直接、アンナが脱獄したという事実が伝えられる。


 アンナは裏社会にのさぼる闇組織ダークネスと合流したらしい。


 闇組織ダークネスは、度々市民たちの話題に上がる組織で、王宮でも頭の痛い存在として認識されている。


 非道な集団であり、目的のためなら手段を選ばないと言うのが多くの人間の認識だ。


 アンナの行方は、身内の恥という事で、シャックスが捜索する事になった。


 誰かに命令されたわけでもなく、シャックス自身が決めた事だった。


 情報を提供した老人の男性兵士に、かつての家族と殺し合いになるかもしれないがそれでも戦えるのか、と問われ、迷いなく答える。


 その人物は英雄としてではなく、一人の人間としてシャックスを心配していた。


 その心に応えるために、シャックスはしっかりと考えて答えた。


「私の家族は今は一人、セブンだけです。そして大切にできるのは今、私に仕えてくれている使用人までだけですから」


 もちろん友人達は別として大切にしているが、その答えは今は不要だ。


 兵士は「覚悟があるなら大丈夫だろう」と言ってシャックスの努力が報われるように祈った。




 その事件で、共闘した仲間達も手を貸してくれる事になった。


 仲間たちと久しぶりに、顔を合わせたのは酒場だ。


 すでに集まっていたアーリーやナギ、ロックは手を上げて挨拶する。


 シャックスは張りつめていた気持ちが、少しだけやわらぐのを感じた。

 険しかった表情が少し柔らかくなる。


 シャックスは、仲間達の近況を聞きつつ、手がかりを集めて、情報を整理。


 アーリーは冒険者や傭兵たちから、情報を聞き出していた。


「これは、知り合いの冒険者から聞いた話だけどね。実は……」


 ナギは貴族たちから、色々な話を聞いた。


「社交界で怪しいと噂になっている事があるんですが……」


 ロックは、情報はあまり集められなかったが、新しい武器を調達していた。


「俺は難しい事分かんねーけど、武器調達してきたぜ」


 シャックスはこれ以上ない頼もしさを感じていた。


 彼等と顔を会わせて話し合った結果、とある地域が怪しいとつきとめる。


 シャックスはその地域に向かうため、予定をたて、準備を行っていく。





 数週間後。


 シャックス達は、武器の墓地として有名な町に到着する。

 その地域には愛着のある武器を弔う伝統があった。


 この時期は、シルバーフェスティバルと呼ばれる祭りが開催されるという。


 武器や刃物を扱う店が多く、遠くから買い求める客の姿が目立った。


 その町では、それぞれの店ごとに、料理用や剪定用、工作用など幅広い刃物が扱われているのが特徴だ。


 刃物一つとっても奥が深いなとシャックス達は感心する事になった。


 そんな中、シャックスは二つの剣に偶然出会った。


 ジャンク品としてふらりと立ち寄った露店に並べられていたのは、さびついていた金の剣と銀の剣だ。


 懐かしい気持ちでそれを手に取ったシャックスは、二つの剣を購入。


 さび落としや研磨などをしてもらえる手入れの店に入って、使える状態にしてもらった。


 新品を買った方が良い値段になったが、シャックスは不思議と満足していた。




 そんな中、シルバーフェスティバルが開かれたため、シャックス達はこれまで使ってきた武器に思いをはせる。


 アーリーは初めて使った武器に「きれあじ」という名前を付けたと話した。


 アーリーにネーミングセンスがないのは、仲間内では共通の認識だった。


 ロックやナギも、武器に関する話があり、それらの話でシャックス達は盛り上がったのだった。


 しかしそんな中でも、アンナの目撃情報は地道に収集。


 調査を進めてくのだった。



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