第2章 修行編

第9話 療養



「とりあえずまだ怪我が治りきっていないから、安静にしてなくちゃだめよ」


 セブンは、まだ体が治っていないため、シャックスに安静にするように伝える。

 ベッドの脇を見ると、形見があった。

 母親であるレーナの服のボタンだ。

 そして、使用人のカーラがくれたお守り石もある。

 石は割れていた。

 シャックスを転移させ、助けてくれた鏡の道具もあった。

 だが、すこしひび割れていた。

 無事だったのはレーナの服のボタンだけだった。


「あ、かかっていた追跡魔法は無力化してあるから大丈夫」


 ボタンには、魔道具としての価値はもうなかった。


 シャックスはボタンを手にとる。

 握る手に力を込めたが、すぐに離した。

 シャックスにはボタンを割りたい気持ちがあったが、残っていたレーナの持ち物なので、すぐにやめたのだった。


 セブンは石について説明する。


「鏡はよく分からなかったけど、お守り袋に入っていた石は、持ち主の受けたダメージを肩代わりしてくれるものね。良い物をもらったわね」


 シャックスはカーラの顔を思い出して、彼女に感謝した。


 鏡の魔道具は既存の魔道具とは少し仕組みが違っていた。


 そのため、解析したセブンは良く分からなかった。


 シャックスは、幼い頃に怪我をした時、レーナにハンカチで傷口を包んでもらった事を思い出す。


 親切にしてくれたカーラの顔も。


 兄弟のニーナや、フォウの顔も。


 しかし、その誰とももう会えないのだとシャックスは悟った。


 気を利かせてすぐにセブンが退出した後、シャックスは涙をこぼした。




 三日後。体の傷が治りかけてきたため、シャックスは家の中を歩いて回る。

 セブンは一人暮らしで、カラス一羽がペットとして飼育されていた。

 家族などの姿はない。

 なぜなら、家にある物はすべて一人と一羽分分だったからだ。


 シャックスが寝ているベッドは、セブンが使っているものだった。

 シャックスが使っている内は、セブンはソファーで眠っている。

 セブンは「新しいベッドを買おうかしら。ちょうど慎重したいと思っていたの」と気を使っていた。


 そんなセブンは、片付けができないため、客間やベッド以外はごちゃごちゃしていた。


 シャックスが、世話になったお礼をするために掃除をした。そうしたら、色々な品物が出てきた。

 勲章やトロフィーなどがたくさんあったのだ。


 それらの物から、セブンは有名な魔法使いである事が分かった。

 シャックスは彼女の事が気になったが、個人的な事をこちらから聞いて良いのか迷った。


 シャックスが歩き回っているのを見て、セブンはこれからどうしたいか尋ねる。


「元気出てきたのね。とりあえず、恩返しって言う理由でしばらくは掃除してもらいたいかな。こういうの私は苦手だから。でもそれからは自由にして良いわよ」


「恩を着せるために助けたわけじゃないからね」とセブンは続ける。


 空気が重くなり過ぎないようにと、セブンは考えていた。


 シャックスは、本当に家族が亡くなったのなら、仕返しがしたいと筆談で伝える。


「それはあまりおすすめできないわね」


 真剣な顔をするセブンは、自分の人生についてシャックスに教えた。


「強くなるのはいいけど、復讐や見返すためっていう動機じゃ、あなたが幸せになれないと思うわ」


 無能、落ちこぼれ、家の恥と呼ばれて生きてきたセブンは、誰からの教えを乞うこともなく、独学で魔法の才能を伸ばしてきた。

 そうすれば、周りの見る目が変わると思ったからだ。

 しかし、セブンは強くなりすぎたため、周囲に壁を作られてしまい、今も孤独のままだった。


 故郷の者たちは態度を変えたらしいが、必要としたのはセブンではなく、セブンの持つ優秀な血だけだった。


 セブンは過去の自分と決別するために、セブンと言う偽名を名乗っているらしい。


 昔話に刻まれている、英雄の名前を借りて。


 セブンは悲し気に笑う。


「でも、あなたと並べてみるとこの名前、家族みたいで良いわね。そういう巡り合わせだったのなら、あんな過去を歩んできた意味もあったかも」


 シャックスは喋れなかったが、喋れたとしても、かける言葉が見つからなかった。


 シャックスは珍しく、少しだけ喋れない事に感謝した。


 その後セブンはシャックスに将来の事はよく考えてほしいと伝えた。


「あなたの人生だから、私があれこれ指図するつもりはないけど、きちんと考えなさい。時間はたっぷりあるんだから」


 シャックスは前世で戦いの訓練をしていた時の事を思い出す。


 セブンは、その時と同じ顔をしていた。




 シャックスは、悲しそうなセブンの顔を思い返しては、何度も自分がすべき事を考える。


 とりあえず、体を完全に治療するために、安静にしつつも簡単な家事を手伝った。


 セブンが滋養に良い食材を買ってきたり、あやしげな薬をもらってきたりした。

 シャックスは毎回とても苦い思いをした。


 だがそれは、初めて家族以外の人間と過ごした楽しい日々だった。




 ある日、セブンの家に幼い姉妹が訪ねてきた。


 ミミとモモという名前の、幼い少女達だ。


 ミミが姉で5歳、モモが妹で3歳だ。


 二人とも茶髪で髪を三つ編みにしており、可愛い花柄の服を着ていた。


 そんな二人に対応したのはシャックスだ


 セブンが留守にしていたため、お茶とお茶菓子を出した。


 二人は、セブンが早く帰ってこないか気にしながら、そわそわしていた。


 早くセブンの力を借りたいと言わんばかりの態度だった。


 何か大切な目的があるのだろうと考え、シャックスは筆談で彼らに用を尋ねる。


「セブンに何か頼みたい事でもあるのか?」

「実は、お母さんが病気で倒れちゃったの」

「だから、何とかしたくて。お姉ちゃんと考えてここにきたの」


 すると、母親が病で倒れたという話を聞いた。


 シャックスは魔法の天才だが、治癒魔法は使えない。


 魔法では根本的に病を治せないが、治癒魔法が使えれば、体力の回復くらいはできたため、残念に思った。


 ミミは自分達のやりたい事を伝える。


「お見舞いのお花を摘んできたいから、町の外にちょこっと出たいの。でも、大人がいないと危ないから」


 モモは子供だけで外に出る危険性がよく分かっていない様子で喋る。


「セブンお姉ちゃんと一緒なら楽しいって思って、一緒にいこーって言いに来たの」


 シャックスは少し考えた後、自分が付いていくと言った。


 二人は「ありがとう」とお礼を言って喜んだ。




 町の外に出たシャックス達は、平原に咲いている花を摘む。


 その花はその季節にしか咲かない花だった。


 夜になると光るため、観賞用として人々に親しまれていた。


 花をある程度詰み終わった頃、小さな半球状のモンスターたちがシャックス達を取り囲んだ。


 それはスライムだった。


 一般市民でも倒せる程度の強さだ。


 半球状のそれは、体の大部分が水分でできているため、炎魔法が有効だ。


 しかし、シャックスは子供達に残酷な場面を見せて良いのか悩む。


 スライムに体当たりされながら考えたシャックスは、あらかじめセブンからもらっていたものーー火薬を取り出して、火をつけた。


 ミミとモモに耳をふさぐ用に注意した後、火薬がはじける音がする。


 すると、スライムが一斉に逃げていった。


「お兄ちゃん凄いの!」

「スライム逃げたー」


 ミミとモモが歓声を上げて、シャックスを褒める。


 シャックスは微笑ましい気持ちで二人を見つめる。


 シャックスはどうせだからと、そのまま二人を家まで送った。


 家の前で二人にお礼を言われた後、シャックスはセブンの家に帰る。


 そのシャックスを、遠くから黒いカラスが見つめていた。


 黒いカラスは機嫌がよさそうに羽をばたつかせていた。




 家に帰ったシャックスを、機嫌の良いセブンが迎える。


 セブンは料理をたくさん作ってシャックスを待っていた。


 シャックスは今日の出来事は筒抜けだろうなと悟った。


 



 夕飯の片づけをしながら、セブンは過去の事を思い起こす。


 それらはあまり思い出したくない出来事の数々だ。


 脳裏に浮かぶのはセブンをあざ笑い、指さし、嫌がらせをしてくる者達。


 しかし、顔は浮かばず、ただ漠然とした人の姿しか記憶にはない。


 誰か一人に強烈な嫌がらせをされ、敵意をぶつけられたというわけではなく、それは集団だったからだ。


 セブンの周囲にはそれなりに人がいたが、セブン自身はいつも孤立していた。


 そんなセブンは、だからこそシャックスの事が気にかかっていた。


 ふとした瞬間に寂しそうにして、孤独を感じている様子のシャックスの力になりたいと思うようになったのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る