第4話 接触
「ふー……」
快晴の駅前。
緊張から何度も深呼吸をする。
これから学校に登校する時間なのだが、とある人物を待っていたのだ。
ドキドキ高鳴る心臓。
俺はこれから信じられないことをしなければならない。
それは、近江美海に声をかけるということ。
近江は大空の幼馴染ではあるが、学校へは一緒に登校しない。
それは大空が別の友人と朝から行動しているからだ。
こちらとしてはありがたいことだが……あれだけ美人な子と行動をしないのもおかしな話だな。
持ってるやつの考えが分からん。
「あ、来た」
そうこうしている間に、人の波に乗るようにして近江が駅から出て来る。
彼女の姿を見た瞬間に心臓が痛くなるが……行動を起こさなければ。
芳雄くん曰く、行動力が全てを決めるとのこと。
女性と付き合いたいのならば待っているだけではダメ。
自分から動き、そして獲物を狩れ。
モテるタイプはその行動が必要ないかもだけど、俺はモテない。
違いはあれど、知り合いになれるかどうかぐらいの差しか無いって言ってたな。
まぁその後のことも大変な部分もあるけど、行動をしなければ何も始まらない。
それには俺も同意だ。
ということで芳雄くんと相談し、俺は近江美海と付き合うことを目標に設定した。
彼女は大空の一番のお気に入り……だと思う。
彼がどう思っているかは定かではないが、周りから見れば特別な存在であるのは間違いない。
だからこそそこを狙う。
適当な攻撃よりも急所を狙われる方が辛いものだ。
俺は意を決して近江の方へと歩き出す。
どうせ好感度はゼロ。
何か言われたところで、少々傷つくだけ。
怖がってばかりじゃ前に進めない。
「お、近江」
「え?」
俺の声に綺麗な顔をこちらに向ける近江。
やっぱり綺麗だな。
こんな美人、そうそういないぞ。
彼女の美貌に見惚れていた俺だが、本来の目的を思い出す。
とにかく話せ、まず話せ。
知り合いになったら次から声をかけるのは簡単なはずだから。
「俺のこと知ってる?」
不審者になっていないだろうか、不安はあるがだが近江は俺の質問に笑顔で応えてくれる。
「空くんと同じクラスの楠くんだよね。知ってるよ。男子は少ないし」
「そうなんだ……あ、大空の幼馴染だなって声をかけたんだけど、迷惑だった?」
「ううん、別に。迷惑なんかじゃないよ」
第一関門突破!
自分に自信は無かったけど、彼女と話すことは成功した。
意外とやればできるもんだ。
勇気を出した自分を褒めてやりたい。
近江の横に立つと、彼女は歩き出す。
女子との登校……初めての経験だ。
緊張はするが、だが会話を続けなければ。
相手に暇だと感じさせないように、自分のことばかり話さないように。
これが女性との会話の鉄則らしい。
でも暇と思わせないのって、結構ハードルが高いのでは?
ネガティブな思考が湧き上がってくるが、俺は頭を振ってそれを払拭する。
「近江っていつも電車で学校来るの?」
「うん。電車だよ。楠くんは?」
「俺も電車。満員電車はそこまで好きじゃないんだけど、自転車で来るにはちょっとしんどいし」
「分かる。自転車でもいいけど、距離があるんだよね。朝の電車って何であんなに人が多いんだろうね。ま、自分たちと同じように利用している人ばかりなんだろうけど」
クスクス笑う近江。
うん、可愛い。
こんな美人と登校しないって、バカなのかな大空って。
まぁ大空のことは今はどうでもいいや。
今は彼女に集中しよう。
それから世間話をし、彼女との会話を楽しんだ。
最初は義務感のようなものがあったが、途中からは純粋に話が面白かった。
それは近江も同じだったのか、終始笑いながら話をしてくれる。
笑う時に口元を手で押さえ仕草が可愛いとか、優しい顔で笑みを浮かべるとか、彼女のことが少しわかったような気がして嬉しい。
「空くん以外の男子と話したの久々だなぁ」
「そうなの?」
「うん。何でか分からないけど、皆私と話をしてくれないんだ。嫌われてるのかな?」
「まさか! 近江はいい子だし、可愛いし……その、嫌われてるなんてことないよ」
「あ、ありがとう……」
やんわりと頬を染める近江。
ああ、直接可愛いなんて言ってしまった。
これは失態だったのでは?
そう不安を抱く俺であったが……意外に近江は嫌そうな顔はしていない。
むしろ嬉しいような、そんな感情が読み取れるような表情をしていた。
「可愛いなんて言われたの、初めてだな」
「ええっ!? 何で?」
「何でって……可愛くないからかな」
「近江は可愛いから」
「そ、そうかな……空くんからも可愛いって言われたことないんだ。だからあんまり自信が無くて」
近江が自信無い?
そんなことある?
これだけ可愛くて大空の正妻なんて言われていて、それでも自信が無いなんて、人って分からないもんだな。
でも芳雄くんも言ってたな。
人の悩みは人それぞれで、自分の価値観だけではそれを理解することができないって。
俺や周囲からすれば近江はとびっきりの美人で、誰もが羨むような存在。
でも近江自身はそうでもなくて、悩みを持っている普通の女子なんだ。
なんだか近江が特別なものじゃないような気がする。
遠くの存在だと思っていたけど、近くに感じられるようになった。
彼女に対する緊張感も完全に薄れ、俺は普通の友達とするように話をする。
「俺だって自信が無い。でも近江も自信が無いんだって、なんだか気が楽になったよ」
「なんで気が楽になるの?」
「近江が自信無いんだったら、皆同じなんだなって。これまで自分を卑下していたのがバカらしくなってきたかなって」
「ふーん。私もそんな風に感じられたらいいけど」
「近江は自信を持っていいと思う。というか、自信を持たないと」
「自信か……持てるかな。空くんは私に対して不満が多いみたいだし、中々難しいよ」
彼女の中心はどうやら大空のようだ。
それは想定範囲内だけど……これを俺が崩すことなんてできるのか?
でもそんなことで悩んでいてもしょうがないよな。
できなかったらそれまでの話。
それぐらいの気持ちで進んでいこう。
「大空のことばかり気にしても仕方ないよ。近江は近江らしくすればいいんだから。自分を中心に考えたら、もっと気楽に自信を持って行けるんじゃない?」
「自分中心か……そんな風に物事考えたこと無かったな。生まれた時から空くんがいて、ずっと彼のために動いてきたから」
「じ、じゃあさ……自分のことを考えられるように、俺が手伝うよ」
キョトンとする近江。
自分が言ったことが失敗だったとか、もうどうでもいい。
ただ突き進むのみ。
完璧な人間なんて存在しないのだから。
失敗をして当然なんだ。
そして失敗を繰り返して成長する。
それがどんな時でも最適解なんだ。
「自分を基準に物事を考えた方が絶対に良い。大空の顔色ばかり伺ってても幸せになんてなれないよ。だから近江が幸せになれるように、その手伝いをさせてほしいんだ」
「……ありがとう……え?」
近江は自分の口から「ありがとう」という言葉が出たことに驚いているようだ。
彼女にも色々と不満があるんだな。
幼馴染で、毎日弁当を作って、将来約束されたような仲。
大空との関係は完全だと思っていたが、綻びが見えた。
「えっと……」
「近江、お昼は誰かと食べるの?」
「いつも友達と食べてるけど」
「今日は一緒に食べない? まだ近江と話たいことがあるんだ」
「う、うん。分かった」
彼女は少し照れたようにして俯いてしまう。
自分に対していいイメージを持つことはなかったが、俺だってやればできるんだな。
彼女の横顔を眺めながら、俺はそんな考えをしていた。
そして今日の昼食は楽しくなりそうだ。
胸を弾ませながら、俺は彼女との登校時間を満喫するのであった。
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