心の奥底
こんばんはカラス。今日はベランダの手摺にとまっているね。
「今夜は静かね。星がきれいだわ」
カラスでも「星がきれい」って感じるんだね。
「ええ。私たちだって感動はするわ。特に月の光が好きなの」
月の光はきれいだね。優しい明るさだ。
「この光、私たちの黒い羽根も美しく見せてくれるのよ」
本当だね。青く光ってきれいだよ。
「そうでしょう。この羽根、私たちカラスの誇りなの」
カラスの羽根がキラキラするのは、構造色という特徴らしいね。
「へえ、人間は難しい言葉で説明できるのね。私たちにとっては、この羽根は当たり前すぎて……」
人間はつまらない肌につまらない色の毛が生えてるだけの生き物だからね。君たちのような美しい生き物に憧れて、研究してるのさ。
「人間をつまらないなんて言わないで。あなたは特別よ」
僕が特別?
「そうよ。あなたは私たちの気持ちを考えてくれる、数少ない人間だもの」
僕はカラスという生き物が好きだから、観察してるだけだよ。
「観察されるのは……悪くないわ。でもあまり近づきすぎないでね。特に、巣作り中から雛を育てている間のカラスは、怒りっぽいから」
警戒されることはしないさ。子育て中は神経質になるのなんて、当たり前だしね。
「賢い判断だわ」
今日はね、ピーナッツがあるよ。
「ピーナッツ? ……ピーナッツ! そうだったわ、覚えててくれたのね。思い出させてくれてありがとう」
忘れないでねって言ったくせに、君が忘れてたんだ。
「仕方ないじゃない、鳥だもの。パリパリ。おいしいわ。あなたも食べる?」
ピーナッツ、久しぶりに食べた。こんなにおいしかったかな。君がいるからおいしく感じるのかな。
「ピーナッツは元からおいしいわよ。でも、普段よりもっとおいしい気がするのは、私もよ」
カラス、さっき巣作りの話をしてたけど、君はしてないの?
「していないわ。カラスは、まだつがいを見つけてない者同士で集まって、群れを作るんだけどね、私はその群れの中で暮らしてる」
そうだったんだね。
「でも、初めて恋をした相手はいる。……もう会えないけど」
もう会えないの?
「そう、去年の春の嵐で……。もう随分経つのに、ピーナッツのことは忘れていた私でも、彼のことはずっと忘れられないの」
つがいだったの?
「つがいではないわ。巣作りの季節より前に、いなくなってしまったから……つがいとは言えない」
そうか……野生にとって命を奪う嵐は恐ろしいものだよね。
「あの嵐で多くの命が失われたわ。私たちは強くなきゃいけないの」
失われても、君は今でも彼を想ってる。彼は、君の心の一部なんだね。
「失った彼はつがいではなかったけど、私にとって大切な存在だったの」
そういう相手がいるの、素敵だね。もう会えなくても、心の中にずっといるんだ。
「そうね、心の中で生き続けているわ。あなたにも……誰かいるの?」
僕にとっては……子供の頃に一緒に暮らしたインコがそうかな。もう会えないけれど、胸の中ではずっと生きてるんだ。君にとっての「彼」と一緒。
「私は鳥であなたは人、私たちは違う生き物だけど、この気持ちだけは同じね。記憶の中で、あの温もりは消えないわ。大切な存在は、永遠に」
姿形も生活も、全然違うのに、同じ気持ちになれるんだね。
「あなたと私、似てないけれど、似てるのかもね」
僕らが似てるのか、或いは誰もが同じ思いを抱いているのか。
「どちらもかもしれないわね。私たちも人間も、同じ心を持っているのかも。インコさん、きっと最期の最期まであなたを想っていたと思うわ」
そうかな。そうだといいな。
「私の想像でしかないけどね。こんな話をしたら、私も今際の際にあなたのことを思い出しそうだわ」
君は嵐の日に、身を守れる場所はあるの?
「古い神社の屋根裏よ。雨風は凌げるけど、寒いのよね」
寒さで死んじゃうのはやめてね。
「心配してくれるの? 大丈夫、カラスは強いのよ」
たしかに野鳥の中では強い部類に入るね。
「そうよ! 私たちカラスは強くて頭も良いんだから。でも……時々寂しいわ」
寂しいの? 群れの中にいても?
「そう、群れで過ごしていても、本当の心は誰にも分かってもらえない気がして」
本当の心か……。カラス同士であっても、お互いに全てを理解するのは、難しいもんね。
「私たちは賢いけれど、相手の心の中までは見えないし、自分の心の奥底は見せられないの」
それは人間だって同じだよ。僕の心は僕しか知らない。君の心も君のものだから、君しか知らないんだよ。
「あなたには、心の奥底まで見せたくなるわ」
人間なんかに心を開いちゃだめだよ。
「あなたも、私の心配をしてるだけじゃなくて、私にあなたのことを話してよ」
僕はただ、職場と家を往復してるだけだから。面白い話なんてないんだよ。
「ふうん、まあいいわ。また明日も来てもいい?」
気まぐれにでも、会いに来てくれたら嬉しいよ。ピーナッツ、まだたくさんある。
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