第8話 収穫祭④



 ミリアを拘束している男は思っていた、自分はラッキーだと

 エルフの少女を拘束しているだけでいい

 今だけは匂いも体も好きにし放題なのだから

 整った顔、華奢な見た目に反して豊満な身体、色白で張りのある肌、そのどれもが男を欲情させた


 娼婦で女を抱くのとは違った興奮を感じていた

 殺しさえしなければ何をしてもいい

 どさくさに紛れて胸に手を伸ばそうとした時だった


「ミリアを・・・・離せっ・・・・!!」

「っひぃ!」


 いつの間にか目の前に殺気立った少年アシュが立っていた

 あまりの気迫に尻もちをつく

 慌てて立ち上がろうとするが体制を崩し横に倒れてしまった


 あれ、何かがおかしい


 男はまだ気づいていない

 何千何万とやってきた動作ができない

 起き上がれない


 少女を抱き寄せ、ゴミを見る目で見下す少年

 地面に伸ばしたはずの腕が顔の横にある


「ぎゃああああああああ!!!腕があああああああ!!!!」


 その直後全身に走る痛みと衝撃で男は意識を失った



「汚い手で触るな、クズが」


 ミリアを拘束していた男を蹴り飛ばす

 【魔力変換】で限界まで強化された蹴りは男をゴミ屑のように吹き飛ばした

 いくつか屋台を突き抜けながら視界から消えていった


「ミリア!ケガはないか!?」

「・・・・うん、大丈夫」

「そうか・・・・よかった!」


 ミリアが無事で安堵する

 魔力回復薬の効果で魔法の使えないため、今は年相応の少女と変わらない

 怖かったことだろう


「てめぇ・・・・力を隠してやがったな!」

「大人しく降伏しろ、そしたら半殺しで許してやる」

「調子乗ってられんのも今のうちだぞ・・・・」


 1人の男が手の中にあった小さな瓶を開け、中身を飲み干した

 それを見ていた他の男たちも同じような瓶を取り出し飲み干した

 その直後から男たちが唸りだした


 なんだ?ドーピング系の薬品か?

 男たちはバキバキと骨を鳴らし骨格が変形していく

 なんかやばそうだし、先に潰す!


「ミリア、ちょっとここで待ってて」


 近くにいた男まで一足で接近し、顔面にとび膝蹴りを入れる

 着地と同時に次の男の足を払い倒れかかった腹部をすくい上げるように拳を突き上げる

 宙に浮いた男が地面に落ちる前に次の標的へ


 身体の変化で動けない隙をついて男たちに致命傷を与えていく

 数秒後には8人いた男たちは全員が地に伏した


 無事、謎の薬品の効果を発揮する前に倒すことができた


「ふう、【魔力変換】の効果が残っているうちに安全なところに向かおう」

「・・・・うん」

「っ!?」


 ミリアを抱えたときだった

 背中から強烈な殺気を感じ咄嗟に飛び退いた

 直後、破裂音と地面が砕ける音が背中から聞こえた


 ミリアを下ろし振り向くと身体が3周りくらい肥大化した化け物が地面に拳を突き立てていた


「ッチ チョコマカト」

「コレガ チカラ!」

「モウ ナニモ コワクナイゼ!」


 化け物は全部で3体おり、それぞれが何か叫んでる


「致命傷を与えたはずだったはずなんだけどね・・・・」

「キサマノ コウゲキナド キカナイワ!」


 動かない男たちは即死だったのか薬品に適応しなかったのかは不明だが、身体は変化しておらず動く様子はない


 素手で地面を砕いた威力を見るとかなり能力が上がっていそうだ

 まだ【魔力変換】の効果は残っている

 とりあえず一番近くにいる化け物まで移動し、顎を下から突き上げるように一撃、わき腹に一撃、最後に腕の上から蹴りで吹き飛ばす

 化け物はテントに吹き飛び砂埃が舞う


 ミリアのもとにすぐ戻り状況を確認する


「イテェナ!チクショウ!」


 砂埃が晴れると怪物と化した男は歩いて元の位置に戻ってきた

 普通の人間なら致命傷だったはずだが、傷は治っているようだ

 パワーだけでなく再生力も上がってるのか

 厄介極まりない


 「即死じゃなきゃダメか・・・・急所が人間と同じならいいけど」


 素手じゃ難しそうだ

 近くに落ちていたテントの支柱を1本ずつ両手に持つ

 なるべく断面が尖っていていい感じのものを選ぶ


「ツギハ コッチノバンダ!」


 一呼吸の間を置いて化け物たちが消えた

 次の瞬間には正面左右に化け物たちが迫っていた

 とはいえ【魔力変換】で強化した俺の方が速い


 正面の化け物は前蹴りで吹き飛ばし、左右の化け物は首に腕を掛けてその場に引き倒す

 仰向けに倒れたところにすかさずテントの支柱を首に突き刺し地面まで貫通させる。

 普通の人間なら即死だが化け物たちは生きている様で悶え苦しんでいる


 ここまで来ると呪いだな

 一思いに死ねた方が無駄な苦痛はなかっただろうに


 固定した支柱を握りしめ頭を蹴り上げると怪物の頭と胴体が千切れた

 首が飛べばさすがに動けなくなるようで化け物1匹は静かになった

 釘付けにした、もう一方の化け物も同様にトドメを刺した


 「クソガ・・・・テメエダケハ ユルサネェ」


 アシュがトドメを指している間に1人残った化け物は懐からもう1つ瓶を取り出し、中身を飲み干した


「グギ、ギギギ、グガァ、ガァァアア!」


 咆哮を上げながらさらに一回り大きくなる


「グハッ・・・・!」


 咆哮が聞こえた次の瞬間、アシュは強烈な衝撃に吹き飛ばされる

 テントの残骸がクッションとなって止まったものの深刻なダメージだった

 かろうじて殴られたことだけわかった


 くそっ、まともに食らった


 かろうじて立ち上がるが視界がぼやけ呼吸も浅い

 少し離れたところには咆哮を上げ続ける化け物がいる


 もはや見た目は人間ではない

 共通点があるとすれば二足歩行ということくらいだろう


 化け物から数メートルの場所に立っているミリアには目もくれずアシュに威嚇するように咆哮を上げている

 理性すらなさそうだ


 「これ以上は身体が持たないけど仕方ない・・・・」


 【魔力変換】でさらに身体能力を向上させる

 身体の限界を超えた強化は自分自身にもダメージを与えるが、それだけのことをしないとこの化け物には太刀打ちできない

 筋肉は筋張すじばり、高揚から顔は赤みを帯びる


 ぼやけてた視界も鮮明になり、痛みも感じなくなってきた

 アシュの強化を待っていたかのように化け物は身構える


 にらみ合う両者は一瞬の間を置いて姿を消した


 ドオオオン!!


 拳と拳がぶつかり合い激しい衝撃音と衝撃波が周囲に広がった

 その後もお互いが殴り合うたびに衝撃が走る


 力は化け物の方が若干上回る

 が、そこは技量でカバーする

 アシュは化け物の攻撃をかわしつつも的確に反撃する

 しかし驚異的な再生力の前には効果的とは言えない


 逆に動くたびにアシュの身体は悲鳴を上げる

 このままではジリ貧だ


 アシュは攻め方を変えることにした


 リズムを変え、半歩ずらし化け物の側面へ回る

 側面からの攻撃を嫌った大ぶりな攻撃をかわし隙だらけになった腕の関節を狙う


ボキッ


 手首を掴み膝を振り上げ、化け物の肘部分をへし折る

 ここで化け物はようやく怯んだ様子を見せた


 関節を曲げた腕は再生が遅いようで化け物は距離を取ろうとする

 その隙を逃さず、足を払い膝を落とし、下がった顔面に膝蹴りをお見舞いする

 反対の腕を振り下ろすように反撃してきたが、空しく地面を砕くだけだった


 地面に振り下ろされ伸び切ったところに蹴りを入れて反対の腕もへし折る


「グアアアアア!!!!」


 化け物は悲鳴か咆哮かわからない声を上げた

 しかしあと一歩のところだったがアシュの身体が止まった


「ぐはっ・・・・くそっ!もう少しなのに・・・・!」


 口から血を吐き、身体の力が抜ける

 再び【魔力変換】で強化し何とか持ち直すが、その隙に化け物も距離を取り再生する余裕を与えてしまった


「ここからは我慢比べだな・・・・!」

「グアアアアア!!!!」


 相手の弱点はわかった

 あとはそれを繰り返すだけだ


 トドメを指すのが先か、身体が壊れるのが先か

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