第8話

「・・・・・・どうした」

 横から突き出された剣を防ぎ、腕を振って跳ね返す。

 喉元へ向かって突き進んでいた、殺意の塊を。

「僕がやらないと」

「勇者の台詞とは思えないな」

「その前に僕は、冒険者だよ」

 勇者は剣を引き、改めて突きの構えを取った。

 真っ直ぐ、貴族の喉元へ向けて。

「お前が手を汚す必要は無い」

「君が手を下す必要も無いよ」

「俺は良いんだ。立場も何も無いんだから」

「でも」

 剣を貴族に向けたまま勇者と言い合っていると、背後から気配。

「どりゃーっ」

 突き進んできた拳を受け止め、軽く受け流す。

 ダークエルフの体はあっさりと流れ、倒れそうになった所を抱き留める。

「馬鹿馬鹿馬鹿、馬鹿。・・・・・・本当に馬鹿だな」

「落ち着け。意味が分からんな、お前は」

「僕はなんとなく分かったけど、それは一旦おいておこう。後、殺すのはやはり問題が大きすぎる」

「ふむ」

 地面に転がっている護衛達は絶対こちらを見ないという姿勢を貫いていて、奴らが口を割る事は無いと思う。とはいえ、どこから情報が漏れるかは分かった物では無い。

「処分の方法は1つではないよね。ほら、ここはダンジョンだし」

「なるほど。そういえば最後の方は、そっちで処分する事もあったか。見た目が良くないというかなんというか、それはそれで悪くは無いが」

 背中に感じる鈍痛。

 拳を振るっているダークエルフの頭を掴み、無理矢理首を曲げていく。

「せっかくダンジョンに潜ったんだ。魔物の1匹くらい狩ってみるか」

「どこにもいないぞ」

「素人はこれだから困る」

 ダークエルフの腰に下がっていたランタンを取り、その背後に灯りを向ける。


「ひっ」

 おかしな声を上げ、飛び退いたのも道理。すぐ近くの壁に、ぬらっとした何かが張り付いていたからだ。

「人を殺す程ではないが、浅い階層では一番厄介な奴とも言える」

「こ、こんなのに触りたくもない。剣が汚れる」

「冒険者にあるまじき台詞だが、言いたい事は分かる。そいつの剣でつついてやれ」

 ダークエルフはすぐに頷き、貴族が持っていた豪奢な剣でぬらっとした物をつついた。それに反応してぬらっとした物が地面に落ち、ずるずると這いずり出した。

「ひっ」

「下手に動くと反応するから、俺の後ろに回れ」

「分かった」

 即座に俺の後ろに付くや、ぐいぐい押してくるダークエルフ。わざとじゃないだろうな、こいつ。

「仲良いね、君達」

「そうか?」

「そうだよ」

 楽しげに笑う勇者。

 俺からすれば敵対しているとしか思えないのだが、まあ良いか。

 

 俺が剣でつつくとぬらっとした物は這いずる速度を早め、とうとう狙いを定めた。

「お、おい。や、止めろ。そいつを近付けさせるな」

「曲がりなりにもダンジョンに潜ったんだ。魔物の脅威を知ってから帰ってくれよ」

「や、止めろ。や、や、や」

「心配するな。こいつに襲われて死んだ奴を見た事はない。死んだ方がましって言った奴は、何人も知ってるけどな」

 ぬらっとした何かは貴族の足下を包み込むと、じわじわとその体を登り出した。一番の好物は人工物だが、それがなければ、動物を食べる事もある。

 表面を舐める程度なので、跡形もなく溶けて無くなるという事は無い。それでも手を打たない限り溶けてはいくので、初心者に最も嫌われる魔物の1つだ。

「こ、こいつに襲われたらどうすれば良い」

 俺の後ろで、悲鳴を上げそうなダークエルフが尋ねてくる。

 手の打ちようは無いと言おうとも思ったが、表情は真剣そのもの。からかっている場合でも無いか。

「そのランタンをぶつければ、すぐに逃げていく。熱や光を避ける性質があるからな」

「良い事を聞いた」

 だからランタンを投げて貴族を助けよう。とは言わないダークエルフ。

 代わりにランタンを腰に戻し、絶対外れないように幾重にも結束し始めた。

「はは。すごいね、君の相棒は」

「将来有望だ」

「そうかな」 

 たははと笑うダークエルフ。絶対分かってないな、こいつ。


 

 ギルドに戻り、今までの経緯を報告する。肝心な部分は隠し、あくまでも善意の第三者という立場で語る。

「救助を急ぐ必要は無いから」

「分かりました」

 物言いたげな職員の視線をかわし、ギルドを後にする。向こうからすれば、厄介事を押しつけられた心境なのだろう。

「後で、僕からフォローしておくよ」

「ああ、頼む」

 勇者に笑いかけ、その隣で青い顔をしているダークエルフの肩を叩く。

「おい、大丈夫か」

「あれ、付いてきてないよな」

 しきりに体の周りを気にするダークエルフ。確かに分裂しそうな奴ではあるが、その辺の心配は無い。

「体がちぎれたら、その場で自壊する。つまり崩れて無くなるから、誰にも付いてない。生まれた時からあのサイズだし、ダンジョン程度の暗さじゃないと生きられない」

「絶対だな」

 それこそ俺をくびり殺しそうな目付き。

 ぬらっとした奴が、貴族の口から鼻から侵入したところを見れば仕方ないか。

「大丈夫だから、2人で風呂に入ってこい」

「え」

「僕は大歓迎だよ」

「ええ」

 顔を真っ赤にして、それでも勇者に身を寄せるダークエルフ。なんだよ、全く。

「明日も朝からダンジョンに潜るからな」

「・・・・・・望むところだ」

 眉間にしわを寄せ、それでもダークエルフは気丈に言い放った。

 それに苦笑しつつ、勇者にも視線を向ける。

「僕は当分忙しくてね。また、いずれ」

「ああ、またな」

 去って行く2人を見送り、なんとなく体を払って食堂へ向かう。ああいう光景を見ると、頭では分かっていても気になってしまう物だ。

 当分、どろっとした物は口にしたくないな。


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