悲しい木像(短編)

桶底

責任を負いたくないばかりに--

 森の動物たちは、嵐で起きた土砂崩れの現場をみんなで見て回っていました。

 そのとき、リスさんが奇妙なものを見つけました。


 「ねえ、これ……なんだか悲しい顔をしてる」


 それは、朽ちかけた木の中から現れた、ひとつの木像でした。

 動物たちは口々に言います。


 「これはきっと貴重なものだ!」

 「価値があるに違いないぞ!」


 リスさんは、自分が第一発見者であることを少し誇らしく思いました。

 しかし、それはすぐに後悔へと変わります。


 「では、その管理は第一発見者に任せよう。いいだろう? リスさん」


 突然そう決められてしまったのです。


 リスさんは困惑しました。

 あの悲しい顔をした木像を家に置くなんて、気が滅入りそうだったからです。


 「えっ、ちょっと待って……。あの木像、見てると気が沈んじゃうよ……」


 けれど、誰も助けてはくれませんでした。

 哀れな表情を浮かべる木像と向き合うのが嫌で、みんな逃げるように立ち去ってしまったのです。


 結局、リスさんの家に木像は運ばれました。



 その夜。リスさんは眠れませんでした。


 目を閉じても、木像のあの表情が脳裏をよぎって離れません。

 耳元では、「ううう……」と聞こえるような気までしてきました。


 「えっと……よ、よければ……笑ってくれないかな?」


 リスさんは寝床から起き上がり、木像の前でぎこちない笑みを浮かべます。

 すると、木像の口がぐにゃりと歪み、大口を開けて笑い出したのです。


 「ハハハハハ!」


 低く響くその笑い声に、リスさんは驚きのあまり気を失ってしまいました。


 

 翌朝、木像は何事もなかったかのように、元の悲しい表情に戻っていました。

 昨夜の出来事が夢だったのかどうか、リスさんには分かりませんでした。


 けれど確かなのは、「このままでは安心して暮らせない」ということでした。


 リスさんは森じゅうを駆け回り、木像を誰かに引き取ってもらえないかと頼み込みました。


しかし返ってきたのは、冷たい言葉ばかりでした。


「まあまあ、森に貢献できない君なんだから、それくらいのことして当然だろ?」

「それとも、一匹で生きてみたいのかい?」


 小さな動物がこの森で生き延びるには、周囲との関係を壊さないようにするしかありません。

 理不尽な扱いにも、笑顔で耐えるしかないのです。


 でも今回は違いました。

 みんなと仲良くするために木像を引き受けたはずが、そのせいで心を壊しそうになっているのです。


 しかも──その木像は、毎晩のように笑い出すのです。


 「ハハハハハ……!」


 その声を聞きながら眠れぬ夜を過ごすうちに、リスさんの心はすり減っていきました。

 


 ある日、リスさんは皆に向かって言いました。


 「クルミの季節が来たから、貯蔵のスペースを空けたいの。だから木像は外に出すね」


 しかし、動物たちは誰一人として返事をくれませんでした。


 何も言わず、ただ冷ややかにリスさんを見送りました。


 誰も責任を取りたくなかったのです。

 一言でも意見を言えば、代替案を求められるかもしれない──そう思うと、沈黙するしかなかったのです。


 

 その夜。リスさんは月明かりの中、ねぐらを片付けて木像を手に取りました。

 やはり、あいかわらず悲しげな顔をしていました。


 「……ごめんね。でも、外だって悪いところじゃないよ」


 そう言って、木像をそっと巣の外に出しました。

 そしてリスさんは、ようやく布団に潜り込み、小さく丸まりました。


 「ううう……」


 今夜の木像の声は、いつもより切なく響きました。

 リスさんの目から、ぽろりと涙がこぼれます。--これでいいのか、わからなかったのです。


 そのとき、空を覆っていた月が雲に隠れ、ざあざあと激しい雨が降り出しました。


 けれどそのおかげで、リスさんは雨音に包まれながら静かな眠りにつくことができたのです。


 

 ──だが、翌朝。


 リスさんは森の動物たちに叩き起こされました。

 彼らの顔には、怒りの色が浮かんでいます。


 「リスさん、あの木像はどこだ! すごく貴重なものだと分かったんだぞ!」

 「巣の中にない? 何? 外に置いたって? 探しても見つからないぞ!」

 「君は、どうして自分の役目を果たさなかったんだ!」


 責め立てる声が四方から降り注ぎ、リスさんの頭は混乱していきました。

 誰を見ればいいのかも分からず、目が回りそうです。


 もう耐えられなかった。


 リスさんはすべてを捨てて、その森を飛び出しました。

 何も持たず、ただ逃げるように、ひたすら駆けて──一度も振り返ることはありませんでした。


 

 それ以来、森では奇妙な出来事が起こるようになりました。


 夜になると、どこからともなく「ううう……」という嘆きの声が聞こえてくるのです。


 動物たちは不快を覚えましたが、それを口にする者はいませんでした。

 もし言えば、次は自分が責任を負うことになる──そう分かっていたからです。


 そうして森は、次第に静かに、陰鬱な場所へと変わっていきました。


 誰も新しく住み着こうとせず、外にはこんな噂が広まりました。


   「夜な夜な、森をさまよう小さな動物がいる。

   手には木像を抱えて、朝が来るまでずっと泣き続けているのだ──」

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悲しい木像(短編) 桶底 @okenozoko

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