青い狼の導きと月夜の境界

一塚 木間

「月が昇る夜に、青い狼の目をしたのなら、その場から逃げろ。もし逃げ切れなかったら彼方は……今の世界から戻れなくなる」


 新学年の教室で、名も知れない女子生徒が、怪談みたいな話を真顔で語ってきた。

 彼女は真剣そのもので、くすのき りくは理解に苦しみ、ようやく出た言葉が。


「……それはご忠告ありがとう」


「あ、信じてないでしょ」


 陸は、その手のタイプに心当たりがあった。


 会ってすぐにオカルトの話をし、人との距離を詰めてくるタイプは、大いに厄介であり、関わってはいけない人種だと気付いた。

 

 陸は肩越しから見ていた彼女の視線を外し、バッグパックを手にし、賑やかな教室から逃げるように席を立った。

 

「――あ」


「俺以外にも、クラス中に教えてあげた方が良いよ。じゃ」


 彼女の感情的な言葉を聞き流しながら、陸は教室を後にした。


 歩幅を普段よりも大きく広げ、1階へと続く階段へ向きを変え、付いて来ていない事を確認し、陸はほっと息を漏らした。


「……見た目がいいのに、残念だ」


 数分前。

 陸は教室で話しかけられた時、彼女の容姿に一瞬にして見とれてしまった。


 彼女は透き通るような白い肌を持ち、黒髪を後ろで1つに縛っている。

色素が薄く大きな茶色の瞳は、深淵を覗くような神秘的な雰囲気を漂わせていた。


 男子生徒なら振り向く程に顔が整っているが、あのような性格が知れ渡っていれば、誰しも、やり過ごし避けることは容易に想像ができる。


 陸は一瞬でも彼女に見とれてしまった事を悔やみ、新学年1日目にして、厄介な相手に目を付けらた事に、重い気持ちになった。


「残念だ」


 陸のつぶやきは、部活へと向かう生徒達の声にかき消されながら、駐輪場へと歩き出す。

 

 駐輪場は学校の敷地外にある。

 正門から出て、横断歩道を渡り一区画先に、数十台の自転車が並べられている中で、陸はバッグパックを背負い自転車にまたがった。


 だが、陸が自転車のペダルに足をかけた瞬間。

 制服の内ポケットが震えた気がした。

 

「?」


 陸はポケットからスマートフォンを手に取り、画面に表示されている名前を見た。

 そこにはバイト先の店名が表示されていた。


「なんだろう?」


 陸は自転車を降り、画面の通話ボタンを押した。

 通話が繋がった瞬間に、スピーカーからスマートフォンが震える程の低い声が響いた。


『こんにちは、パロールの辻井です。お忙しいところ失礼します』


 低い声の主は、レストラン パロールの店長だった。

 

「こんにちは、店長どうかしました?」


「楠さん、本日はお忙しいですか?」

 

 陸は店長の言葉に何を言いたいか直ぐに察した。


「シフトに穴が開いちゃいました?」


 スピーカー越しに、深く息の吐く音が聞こえた。


「はい。そこで本日予定が開いている方に連絡を入れているのですが、楠さんの御都合をお聞きしたく……」


「少しだけスケジュールを確認したいので、待って貰えますか?」


「はい」


 陸は店長の返事を聞き終え、スマートフォンのスケジュールを確認した。

 今日は他のバイトがない事を確認し、店長に伝えた。


「店長、何時から入れば良いですか?」


「それは仕事に入って頂けるんですか?」


「はい」


 陸の返事に、店長は安堵の息を漏らした。


「できれば、直ぐにでも来て欲しいのですが……」


「分かりました。直ぐに向かいます」


「有難うございます。新学期早々に、お呼び出しして申し訳ないですが、よろしくお願いします」


「はは、気にしないでください。両親は家に居ませんし、ラストまで働きたいですよ」


「条例が無ければ仕事をお任せしたいのですが、楠さんは16歳なので残念ですね。――もしかして何か要りようですか?」


「いいえ。趣味もないので、働いていた方が充実感があるので」


「そうでしたか、こちらが頼んでおいてなのですが、ご無理はしない様にお気を付けください」


「はい。では、後ほど」


「はい、よろしくお願いします」


 陸は通話終了ボタンを押し、息を漏らす。

 

「学校の事はここまで、今からバイトだ!」


 陸は気持ちを切り替え、バイト先であるパロールに向かった。

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