NTR異世界生活 〜弱者男性は異世界転生しても弱者男性だった件〜

夢うつつ11

第1話 白い花と傍観者

 同窓会の案内状の手紙が届いていた。4年ごとに届いていたその紙は今年も無事に俺の家にも着いたようだ。だが、今の俺には行く気持ちは一切ない。コンビニで買ったペペロンチーノを食べながらスマホでSNSを見る。同級生たちの日々には積み重ねてきたものたちが眩しく写っている。




 


 20歳、最初の同窓会だった。成人式を終え、久々の、と言っても2年ぶりだが、再会にテンションが上がっていた俺たちは、当時の思い出話に花を咲かせ、水をあげている日々を語り合い、未来に咲くであろう次の花の話で朝まで語り合った。


 学問、仕事、趣味、恋愛、家族、咲かせたい花はそれぞれだったがあの1日は当時の俺にとって忘れられない1日だった。






 24歳、2回目の同窓会。忙しくて何人かは来られなかったが8割以上は集まっていた。最初の時ほどの熱量で語りあうことはなかったが、それでも楽しかった。俺はその時普通の会社員としての日々を過ごしていた。働いて、飯を食い、ゲームをして寝て、起きて働いて。立派に社会の一部になっていた。だからこそ社会から少し離れた場所にあった、あの学生時代の思い出に俺は癒されていた。




 


 28歳、3回目。あまり思い出したくない記憶だ。当時の俺は上司のパワハラに耐えられず会社をやめていた。俺はオアシスに水を飲みに来たはずだった。だがそのオアシスにいるのは俺だけだった。皆はそれぞれに別の大きな村を作りあげ椅子に座りながらビールを飲んでいた。ここは積み上げてきたものを発表する会だった。


 2人目の娘の写真を嬉しそうに見せる父親、プロジェクトリーダーとして意気込む中堅、趣味を仕事にした才能人。当たり前だがあの頃のままのやつなんていなかった。


 俺は人一倍笑っていた。ただ笑っていた。話すことがなかったから。


 2次会には行かず、家の近くのコンビニでストロング缶を何本も買い飲みながら帰った。起きる時間は気にしなくていい日々が続いていたから。


 


 そして今だ。会社を辞めてからの俺の日々は特に変わっていない。フリーターと呼ばれる集合に属し、ゴシップを効率よく補給し、暇つぶしにゲームをする。積み重ねない毎日に溺れている。


 


 同窓会ほど残酷なものはない、と今の俺は思う。


 積み重ねてきた人間は当然他のみんなも何かしらを積み重ねていると思っている。そんな所に積み重ねていない人間が行ったらそこは一方的な戦場に等しい。無数の銃弾で心がやられてしまう。俺はやられた。


 当たり前だが積み重ねてきた人間は立派に決まっている。俺がそうなれなかった。ただそれだけのことだ。


 もう一度同窓会の招待状に目をやり、そして思い出とともにごみ箱に捨てた。




 


 あんな紙が来たせいで昔のことを少し思い出してしまった。酒でも買いに行くか、いつものコンビニに行くためにサンダルを履き部屋のドアを開ける。


 満月がこれでもかと輝いている。月が綺麗ですね、か。そんな言葉を誰かに贈れたら少しはこの世界にも色がついてくれるのかもな。


 


 コンビニに入り、いつものように週刊誌を立ち読みし適当にお酒の棚を漁る。


 この時間帯の静かなコンビニとやる気のない店員は俺の存在を許してくれている。勝手にいつもそう思っている。


 


 どうせなら1から人生やり直させてくれねーかな・・・、そんな事を考えながらビニール袋を片手に満月の下を帰る。


 ラノベとかアニメみたいに異世界行ったとして、今度はこの人生と違い積み重ねられるのか・・・、正直自信はないな・・・。


 そもそも住む世界が変わったからくらいで変われる人間はこの齢までフリーターやってねーだろ。それでも住む世界が変わるだけでも今の俺にしてみたら救済なのかもな・・・。


 くだらない妄想に浸ることだけが、今の俺にとって唯一と言っていい積み重ねになっていた。


 これを積み重ねと認めてくれる人がいるかどうかはまた別の話だが。


 途端、俺の目から決壊したダムの如く涙が溢れた。泣いていないのに。


 気のせいだった。いや、正確には勘違いだった。目だけでなく身体中がずぶ濡れになっていた。ものすごい豪雨が俺を襲っていた。今までに経験したことのない、唐突な豪雨だ。


 満月はその姿をいつの間にか消していて、それはあの日の記憶を思い出させるかのようだった。いきなり現れた黒い雨雲にすべてを奪われるような。


 傷がズキズキと痛む、目には見えない傷が。


 


 それにしても降りすぎじゃないか、ここまで来ると異常気象だ。全身ずぶ濡れになりながら帰路を走る。早く帰ってシャワーを浴びたい。


 ドーン、低い音が耳に響く。満月の代わりに空を照らしていたのは雷だった。音からしてどこかに落ちたようだ。人は無事だろうか。


 ゴロゴロと夜空を泳ぐ雷を見ながら走り続ける。そろそろ家に着きそうだ。




 その瞬間、ものすごい音と共に目の前も後ろも周りすべてが光に包まれた。何が起きたのか理解しようとするもそれよりも先に視界が消え気を失った。




 


 


 


 視界が戻ると目の前には緑が広がっていた。そのすき間から射し込む光。周りの様子からも理解するにどうやらここは森の中のようだ。


 仰向けになった身体を起こしながら最後の記憶を思いだす。


 俺は雷に打たれたのか・・・?


 だとしたら軽く死んでいるな。そしてこの目の前の状況、これがいわゆる異世界転生なのか?


 夢だとしてもこんな場所に覚えもないし、何よりあの異常な豪雨と雷。言葉通り、俺は死にそしてこの世界に転生したと考えるのがまだまともな考えな気がする。


 望んでいた異世界転生に喜ぶべきなのだろうか、あまりにもまだ実感がなさすぎて感情の方針が決まらない。


 現実離れした存在や現象が起きて早く実感させてほしい。ここが異世界なんだと。


 俺は起こした身体を元に戻し、上を見る。森だ、ただの森だ。もしかしてここは死後の世界なのか?だとしたら落ち着くな。どちらにしろ今まで生きていた世界にはもう戻れないんだろうな。すごくほっとした。その安心感が俺を再びの眠りへと導いた。さっきのとは違い、ゆっくりと視界を消していき、俺は眠りについた。






 


 


 「…ですかー?? あ、あの、起きてくださーい。」


 トーンから心配が伝わるその声に気づき、俺は目を覚ました。空はオレンジ色を帯びていた。かなりの時間寝ていたらしい。声がしたその方に視線を向けると1人の女の子がいた。見た目からして成人手前ぐらいだろうか。少し離れたところから俺に声をかけていたらしい。


 「良かった。ただ寝ていただけなんですね。そ、その何か悪いとこがあるのかと思って、勝手に起こしちゃってごめんなさい。」


 「いや、別に。」


 その女の子は視線をあまり合わせないようにしながら謝罪をする。


 俺は改めてその子を認識しなおす。胸元にリボンのついた白いブラウスに黒のロングスカート、目には地味な黒縁の眼鏡をかけていて、両手で持っているオレンジの花がたくさん入ったバスケットで口元を隠している。


 なんだか、アニメの世界なら図書委員をやってそうな女の子だ。こういうタイプなら俺でも話しやすい気がした。異世界住人1人目にはしてはかなり良い引きをしたんじゃないか?


 とりあえずここが異世界なのかどうか、どんな世界なのか、この子から聞き出すことにしよう。幸い敵意はなさそうだし。


 「起こしてくれたところですまないんだが、色々と聞いてもいいか??」


 俺からの問いかけに少し身体をびくっとさせる。


 「は、はい。なんでしょう。」


 敵意はないが緊張があるのだろうか、言葉が少し震えている。


 「あー、それより先に自己紹介するべきだった。俺の名は三井健人だ。」


 「ケントー、、なんだか変わった名前ですね。わ、私はブランシュと言います。ケントーさん。」


 なぜか俺の名前の文字が1文字増えていた。


 「ケントーじゃなくてケントだ。それで聞きたいことなんだが、」


 名前を間違えたからか彼女は少し顔を赤くしていたが気にせず続ける。


 「かなり変な質問だと自覚している上で聞くが、この世界はいったいどんな世界なんだ?」


 ブランシュは質問の意図が理解できないようで、言葉を発せないでいる。 


 「あー、あれなんだ。実は俺はかなり遠い国から来ていて、こっちの国の事情がよく分かっていないんだ。気づいたらこの森の中で寝ていて、そこを君に起こされた的な、。?」


 かなり無理のある説明だが、異世界転生しましたと言ってもそれこそ意味が分からないだろうしな。


 「??つまり、ケントさんは、別の大陸から来たってことですか、、?で、でもここは大陸の中心の国だし、どうやってここまで来たんだろう…そもそも大陸の移動自体そんなに簡単じゃないって聞いたことあるし…。」


 途中から独り言のような感じでブランシュは喋っている。


 「まあ、細かいことはいいからさ。こっちの大陸とか国について教えてくれないか。実は記憶も曖昧になってしまって困っているんだ。」


 適当に話を合わせつつ記憶喪失系男性を演じることにしておいた。そっちの方が都合が良さそうだ。


 「わ、分かりました。困っているのは本当そうですし。それになんだか異国の人って会ったことがないから気になりますし…。」


 会話をしているうちに口を隠していたバスケットはお腹の前に移動していて、彼女の顔がはっきり見えるようになっていた。


 眼鏡の奥に見える大きな目、その中に輝く水色の瞳。真っ白なマシュマロのような肌、ぷっくりと膨らんだ唇、見れば見るほど、可愛い女の子だった。その可愛さと自信のなさは同居するにはふさわしくないと感じさせられた。


 「あ、お家に帰りながら話してもいいですか…?お花集め終わってそろそろ帰らなきゃいけない時間なんです。」


 断る理由はなかった。着いて行って街に行ければもっと情報は得られるだろうし。俺はようやく腰を上げ立ち上がり彼女と共に森の中を歩くことになった。




 


 ブランシュが教えてくれた話をまとめるとこんな感じだった。


・この世界には4つの大陸があってここは南にある大陸らしい。


・北の大陸はわるい人たち(彼女の発言ママ)が占領している。


・南の大陸は比較的穏やかな国が多く戦争とかも少ない。


・ブランシュが住んでるこの国はバースといい、最近国王が変わった。


・彼女はこの国から出たことがない。




 異世界に来たのは間違いがなさそうだ。聞いたことがない単語が溢れていたし、俺の住んでいた国は国王制じゃなかったし。わるい人たちっての気になるが、話を聞いている感じブランシュは所謂箱入り娘なんだろう。ただ、俺は一体この世界で何をすればいいんだろうか。そんなことも考えていた。




 「そ、そろそろケントさんがいた大陸のことも教えていただきたいです。」


 俺たちは横に並んで歩きながら話していた。並んでといっても、2人の間にはまだそれなりの距離があったが。彼女からはまだ緊張が感じられた。気づけば森を抜け、遠くに夕焼けに支配された街の姿が見え始める。彼女からの問いにとりあえず答えようとしたその時だった。


 


 「お、かわいいねーちゃんじゃねーか。」 「へーいいね、俺たちと遊ばない?」「うわ、めっちゃタイプ!普段来ないこっちまで来てラッキー!」


 木の陰から三人の男たちが急に現れてブランシュに話しかける。俺はどうやらいないものとなっているらしい。


 男たちはさも当たり前のようにブランシュの腕を掴み囲むようにして、彼女を女として扱い始めた。


1対3、俺は現実世界では喧嘩をしないように生きてきた人間だ。腕にはもちろん自信はなかった。だが、ここは異世界だ。異世界転生者には決まって強いスキルや能力が備わっているのが常識だ。今のところ自分の身体に何か変化がある自覚はないがやってみないと分からないだろう。


 「おい、お前たちいきなり失礼じゃないか?彼女も嫌がってるし。とりあえず離れ…」


 次の瞬間には俺は空を飛んでいた。夕陽が目に染みる。2秒もしないうちに俺は羽がもがれていた。途端に顎に激痛が走る。地面に倒れながらブランシュたちの方を見る。


 3人のうちの一際身体のでかい男に俺はぶん殴られたらしい。得意げに腕の筋肉を仲間たちに見せているやつがいた。


 「なんだこの弱い男は笑。弱者は弱者らしくしてれば良いんだよ。」


 俺には何も特別な力は手に入っていなかった。こんな痛みを得たのは久しぶりだった。顎の激痛はいつまで経っても消えず、ただ地に横たわり目の前で起きる事を眺めることしか出来なかった。


 ブランシュの真っ白な身体は男たちの所有物のように扱われ、真っ赤な唇もまた奴らの欲望を満たすためだけに使われた。


 それは愛も何も無い、男たちによる自己満足の時間だった。


 俺は再び立ち上がろうとするも彼女の言葉に制される。


 「ケントさん、だ、大丈夫です。私が我慢すれば済む話なんです。それがこの国のルールなので。」


 この国のルール…?意味が分からないがこんなことが許されていいとは思えない。


 ただ、俺が立ち上がろうとしたのは彼女に向けたポーズなだけであり、立ち上がる気力も立ち向かう力もないことは俺自身が1番分かっていた。


 目を背けることも出来たはずなのに、俺はただブランシュという花が虫たちに吸い付くされるのをただ見つめていた。


 


 




 俺が男たる所以のそれは目の前の一方的な情事に、熱く波打ち続けていた。


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