雨が降る日は、君を忘れたい ― 後編:歩き出す日

 あの日の帰り道、私はずっと水たまりを踏みながら歩いた。わざとじゃない。ただ、うつむいていたから、足元のことなんて見えていなかっただけ。


 家に帰って、服を脱いで、シャワーを浴びて、温かいお湯に包まれても、心だけは濡れたままだった。

 濡れた服より、濡れた気持ちの方が、乾くのに時間がかかるのだと知った。


 翌朝、鏡の前で自分の顔を見た。

 腫れぼったいまぶた。どこか虚ろな目。

 それでも、制服に袖を通す。電車に乗る。学校に行く。

 世界は何ひとつ変わらず、ただ私の中だけが変わっていた。


 君とは、また普通に話すことができた。

 前と同じように、笑った顔で、何気ない会話を交わした。

 けれど、私はもう知っている。「前と同じ」は、もう戻ってこない。


 数日後、君の隣を歩く彼を見かけた。

 手を繋いでいた。

 彼の方が少し照れたように笑っていて、君がうれしそうに見上げていた。


 痛かった。

 でも、その痛みはあの日ほど鋭くはなかった。

 **少しだけ、鈍くなっていた。**


 夜、ひとりでベッドに横たわり、目を閉じる。

 ふいに君の笑顔が浮かんで、喉の奥がつまる。

 けれど、もう泣かなかった。

 泣くことに、少し疲れてしまっただけかもしれない。

 それでも私は、初めて少しだけ、自分を抱きしめるように思った。

 「大丈夫」って。

 「ちゃんと好きだったよね」って。


 その想いは、もう届かなくてもいい。

 届かなかったからこそ、美しいままで、心の奥にしまえる気がした。


 少しずつ、季節が変わる。

 君の香りを連想していた春の風も、やがて夏の匂いを運んでくる。


 私は歩いている。

 きっとまだ、ほんの少しだけ振り返るけれど、

 それでも前を向いている。


 **だって私は、君を忘れたいと思うことで、ちゃんと愛してたって言えるから。**


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