月と太陽

月瀬ゆい

月と太陽

 ねえ、私、一度だけ聞いたことがあったよね。


「どうしてあなたは、そんなにキレイでいられるの?」


 私の心からの疑問に、あなたは事も無げに笑って答えた。


「周りに恵まれたんだ。無償の愛を注いでくれる、やさしいみんなのおかげだよ!だから、感謝して生きていかないといけないなぁ」


 私、あの言葉を忘れたことがないよ。あの時、私はあなたに、「ああ、敵わないな」って思い知らされたんだ。


ー ー ー ー ー


「まるで、太陽と月だよね」


 物心ついた時から、色々な人たちにそう言われてきた。


 太田家と下村家は家が隣同士で親も仲良し。必然的に、陽菜と私——菜月は生まれた時から一緒だった。


 いつも明るくて、大人相手でもハキハキ話し、誰にでもやさしい、かわいい人気者。陽菜は、「太陽」と評された。

 対する私はぼんやりしていて、自分に自信がなくて、うつむきがち。私は「月」と評された。

 

 「太陽」の太田陽菜と、「月」の下村菜月。


 クラスメイトに、「どうしていっしょにいるの?」と聞かれたこともある。そんな時は決まって、答えに窮する私を庇うように、陽菜が「あたしが、菜月のこと大好きだからだよ」とはにかんだ。

 皮肉たっぷりのその言葉は、私を蝕み切り裂いた。


 太陽の陽菜は、自分自身が眩しく輝いて、周囲を照らせる、そんな存在。

 月の私は、所詮太陽がないと輝くことすらできない、その辺の石ころみたいな存在。


「太陽と月」


 誰かにそう言われるたびに、自分は価値のない人間なんだと軽蔑されているようで、心臓が冷えた。

 唯一の親友に昏い感情を抱いてしまうたび、他人の嫌なところしか見られない自分に嫌気がさした。


 でもね、そんな日々も、今日で終わり。


 私は、小麦色の細い首を、ひんやりと冷たい両手のひらで包んだ。

 驚愕に目を見開く目の前の相手に向けて、優越感からくる微笑を浮かべ、口を開く。


「ずっと見下してきた相手に殺されかけている心境はどう?——陽菜」

「……あたし、菜月のこと見下してなんてないよ」


 私の質問を無視して宣う陽菜に無性に腹が立って、手に力が入る。陽菜は余裕を失わないまま、かは、と乾いた息を漏らした。

 私は、ほんの少しだけ力を抜いた。


「確かに陽菜は、私のことを見下してなんてなかったよね。陽菜は、誰に対しても平等にやさしかったもの。……でも、周りの人たちは違った。家族でさえ、事あるごとに陽菜を引き合いに出して、私を貶めた」


 陽菜は黙ったまま。とてもじゃないが、親友に絞殺されかけている女子高校生には見えない。

 命の危機に瀕しているのに、大きな声を出して人を呼ぶことも、抵抗することもない。正気とは思えない。親友を現在進行形で殺そうとしている私に言えたことではないけれど。

 湧き上がるイライラはすべてこの子のせい……そう考えて、激情をぶつけるように力強く首を絞めた。


「太陽は自分で光を生み出す恒星。月は太陽に照らしてもらわないと輝けない衛星。私はずっとずっとずっと、あなたと比べられてきた」


 陽菜は何も言わない。私は薄ら笑いをこぼし、うわごとのように呟く。


「私はあなたが隣にいなくても輝ける……それを、証明してみせる」


 ひときわ強く、握りつぶすように力を込める。

 糸の切れた操り人形みたいに膝から崩れ落ちた陽菜を一瞥して、私は声を上げて笑った。


「なんあだ。敵わないなんて、どうして思ったんだろ。……こんな簡単に死んじゃうのに」


 私の心は、どこまでも晴れ渡っている。こんなに清々しい気分になるのは、いつぶりだろう。


 私は、深い森の空気を肺いっぱいに吸い込んで、明るい笑顔を浮かべる。


「ふふ、あはは!幸せって、きっとこんな気持ちを言うんだね。——ばいばい、陽菜」


 死体と化したソレは、何も言わない。透き通った目は、二度と何かを映すことはない。


 私は軽やかな足取りで、その場を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

月と太陽 月瀬ゆい @tukiseyui

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ