第8話 レックス様と──

 国内で大規模な水害が発生した。

 ある領地が今までにない長雨に見舞われ、想定外の水量となってしまったため十分な対策をしていたにもかかわらず広範囲で災害が起きてしまったのだ。

 災害が起こった地域には怪我人も多く病気も蔓延しやすくなるため、教会から『治癒』と『浄化』両方の神聖魔法の使い手が複数人派遣されることになっている。


「困っている人が大勢いるのでしょう?私に行かせてください!」


 あの事故の後、カイエは学園のそばにある教会に身を移した。教会にも図書室があり一般には公開されていない蔵書も多いと聞き、神聖魔法の使い手は教会に住まなくてはならないと言われたカイエは二つ返事で了承した。

 丁度学園は夏の長期休暇に入ったが、領地に帰ることが出来ない代わりに教会から頼まれる治癒の仕事をこなす以外は気のすむまま読書をして過ごして良いとのことだった。そんな折今までにない災害が発生したのだ。行かない理由はない。


「しかし災害に見舞われた地域は治安も悪くなる。君の身に何かあれば──」

「フォッセン公爵領なのでしょう?親友の家なんです。行かせてくれないというのなら金輪際神には祈りません!」


 フォッセン公爵領はプレッサの実家だ。

 人助けのためとはいえ「魔法使用禁止」の学園内で魔法を使ったカイエが規則を破ったことには変わりはない。あの日カイエの退学が決定した。

 その決定が覆ったのは、助けた令嬢や模擬試合をしていた二人の実家と教会、そして公爵家のおかげと聞いている。

 最近ゆっくりプレッサとは話せていないが、公爵家とはプレッサの実家なのではないかと思っている。

 カイエに詰め寄られ脅され、この教会の最高権力者の司教がどうしたものかと考えていると、ノックと共に手紙らしきものを手にした司祭が部屋に入ってきた。


「司教様、王城から──」


 司教は「急ぎの手紙のようだ」とカイエから逃げるように席を立つと、そそくさと司祭の方へ移動した。そして大きく深呼吸をして手紙を受け取り封を開けると、そこには──


「カイエ・リーエング男爵令嬢。あなたをフォッセン公爵領に向かわせるようにとのことです」

 ほっとしたのか、何も起こらなければよいという心配からか、今度は大きなため息をついた。


 カイエは望んだ通りに事が運んだことに満足してにっこりと笑う。司祭は王城からと言っていた。もしかしたら何も言わずともカイエの気持ちを汲んでくれたレックス様の後押しがあったかもしれない。

 プレッサの言う通り自分は治癒の神聖魔法に目覚めた。ならば浄化の神聖魔法にも目覚めるはずだ。

 私が行けばたくさんの困った人を救うことが出来る。

 それにプレッサの言うことが本当であれば、そうなることでレックス様と──。



 カイエがフォッセン公爵領に向かってしばらくした後、今度は歴史上二人目となる『治癒』と『浄化』二つの神聖魔法の使い手が誕生したという話題が国中を席巻した。

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