第4話: ダークフェニックスの台頭



夜は静かだった。しかし、その静けさは欺瞞だった。 静かな空の下で、美久夜ミズキは、解き放たれるのを待つ嵐のような存在だった。 彼女の過去──かつての人生の残響は、もうとうに消え去っていた。 かつての彼女は、自由に笑い、人の優しさと善意を信じる少女だった。 その少女は、兄を奪われたあの日に死んだのだ。


今、そこに立っているのはまったく別の存在── 悲しみによって研ぎ澄まされ、 復讐によって形作られ、 容赦ない怒りによって鍛え上げられた戦士だった。


彼女の戦いが始まった。


エージェンシーの兵士たちは、一人また一人と兄の刀の鋭い刃の下に倒れていった。 夜の闇の中で彼女はまるで幽霊のように現れ、素早く、容赦なく斬り伏せた。 残されたのは血の匂いと空気に漂う恐怖だけだった。 生き残った者たちは、反応する間もなく、彼女が再び影のように消えるのを見送ることしかできなかった。 そして、都市にはまるで炎のように噂が広がっていった。 見えない存在として歩き、死をもたらす少女の話。


恐れる者たちにとって、彼女は神話だった。 だが、敵にとっては── 闇の隅に潜む影。 首元に迫る、見えぬ刃。


だが美久夜ミズキは伝説ではない。 彼女は実在する。 そして、彼ら全員のもとへ向かっていた。


損失の増加に不安を抱いたエージェンシーは、 その亡霊の正体を突き止めるべく、必死の捜索を続けた。 数日間にわたる捜索の末、ついに訪れた決定的な瞬間── 瀕死の兵士が、最後の息を吐く直前に呟いた一つの名。


「美久夜ミズキ」


その名がエージェンシー全体に衝撃を走らせた。 彼らは彼女を過小評価していたのだ。 かつて取るに足らないと見なしていた少女が、今や最悪の悪夢となっていた。


彼女を放置しておくわけにはいかない。 彼らは迅速に、計画的に、そして容赦なく動いた。


兵士たちは彼女の通う学校を急襲した。 靴音が磨かれた床に響き渡り、蛍光灯の下で銃が不気味に光る。 生徒たちはその光景に息を呑んだ。 重武装の兵士たちがウイルスのように廊下へ広がっていく。


その声は冷たく、揺るぎなく、鋭かった。 「美久夜ミズキは指名手配中の逃亡者だ」 「彼女は殺人者だ」 「彼女は全ての人間にとって危険な存在だ」


彼らの脅しは明白だった── 彼女に協力した者は裏切り者と見なす。


生徒たちは、目の前で世界がひっくり返されるのを、ただ呆然と見ていた。 かつての友人だった少女が、今や怪物として描かれていた。


だがエージェンシーは、重大な見誤りを犯していた。


生徒たちは、納得していなかった。 彼らは美久夜を、違う存在として知っていたのだ。 いつも笑っていたあの子。 誰かのために立ち上がる、優しくて強い友達だった。 今の彼女が冷酷な犯罪者になったなんて、どうしても信じられなかった。


彼女が消えた後も、警告を受けた後も、 心のどこかで信じたい気持ちは消えていなかった。


そして、彼女の最も近しい友人──華、寧々、笑子、そして優花の目には、 別のものが宿っていた。


決意だった。


ようやく彼女たちは理解した。 美久夜が自分たちの前から姿を消した理由を。 彼女は彼女たちを捨てたのではない。 誰にも見えない戦いをしていたのだ。 自分たちには歩けない道を歩んでいたのだ。


けれど、彼女がどんなに変わってしまっても、 世界が彼女をどれだけ悪に仕立て上げようとも、 その絆は壊れていなかった。


そして、彼女を取り戻すと心に誓った。


数日後。 街灯の下、ぼんやりとした光に照らされて、美久夜は過去の誰かと再会する。


優花。 かつて姉妹のように親しかった少女。 そして──いずれ彼女を裏切ることになる少女。


優花の顔は昔と同じでありながら、どこか違っていた。 その目には悲しみがあった。 美久夜にはそれがよく分かった。


二人の間には距離以上のものがあった。 そこに横たわっていたのは、かつての記憶── もう彼女たちには属さない、夢のような笑いの残響だった。


長い沈黙の後。


美久夜は背を向けて、歩き出そうとした。


しかし──


「ミ…」 優花の声はかすかで、ためらいがちだった。 「いったい、何があったの?」


美久夜はその場で立ち止まる。


優花は一歩踏み出し、切実な声で続けた。 「いつも笑ってくれたあの子は…いつも私たちを笑わせてくれた、あの子は…どこへ行ってしまったの?」


何かが美久夜の中でねじれた。 鋼と氷に覆われたその奥で、かつての痛みが疼いた。 一瞬だけ、優花の言葉が胸を打つのを感じた。 答えたい。 説明したい。 何かを言いたい。──そう思った。


けれど、口にはできなかった。


彼女はもう、あまりにも遠くまで来てしまっていた。


美久夜はほんの少しだけ、顔を横に向けた。 その唇に浮かぶ、寂しくて切ない微笑みが優花の目に映るように。


「私は…変わってないよ」 彼女はささやくように言った。 「もし、どうしても必要になったら…戻るよ」


優花が手を伸ばす前に。 言葉を返す前に。 引き留める前に──


美久夜は影の中へと消えていった。


振り返ることはなかった。 できなかった。


彼女の使命はまだ終わっていなかったのだ。


都市は震えていた。 「無音の影」──復讐の亡霊が、エージェンシーの中を彷徨っているという噂が静かに広がっていた。


その名は、怯えた囁きから囁きへと受け継がれた。


誰かは言った。彼女は目にも留まらぬ速さで動くと。 誰かは言った。彼女の刀は稲妻のように敵を切り裂くと。 誰かは言った。月明かりの下に、血に濡れた刀を持つ彼女の姿を一瞬だけ見たと。


次に彼女がどこを襲うのかは誰にも分からない。


ただ一つ、確かなことがあった。


美久夜ミズキは、もはや正義を求めるだけの少女ではなかった。 彼女は──自然の力そのものになっていた。


そしてエージェンシーは、 彼女からすべてを奪った代償を、 まもなく思い知ることになる。


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