写真には写らない。

@aprnam

プロローグ

プロローグ ― 卒業式 ―


桜が咲いていた。

きれいだな、とは思った。でも、カメラを向けるには少し整いすぎていた。


僕がシャッターを切ったのは、体育館の裏手に続く通路を歩く先輩の後ろ姿だった。

ブレないように息を止めて、それでもどこかで、撮れなくてもいいと願っていた。


——最後に見たのが、こんなふうに背中だけなんて。

だけど、それでよかったのかもしれない。僕には、顔を見て別れを言うほどの勇気はなかったから。


先輩のことが好きだった。

だけどそれは、伝えていい気持ちじゃなかった。

ずっと憧れだと思っていた想いが、欲に負けてしまうことが怖くて、

それを押しつけて、先輩を汚してしまうような気がして——僕は、先輩から距離をとった。


伝えなかったのは、優しさなんかじゃない。

ただ、自分がどうしようもなくちっぽけだっただけ。


だけど。

そんな僕にも、“好きだった”という過去だけは、焼きつけることができた。


たった一枚の写真に。

先輩の最後の、春の姿に。

それだけで十分だと、今なら思える。


ファインダーの奥。

先輩の髪が風に揺れた、その瞬間に——

僕は、シャッターを切った。

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