第12話 知の館

兵士に挟まれて歩く道のりは、王都の喧騒から次第に離れていった。


連れて行かれたのは、港近くの建物とは全く違う雰囲気の場所だ。


高い壁に囲まれた、広大な敷地。


その中に、いくつもの建物が点在している。


どれも、石造りで立派だが、兵士の建物のような威圧感はなく、どこか静かで、落ち着いた空気が漂っている。


ここが、「知の館」。


この世界の知識が集まる場所だという。


セシャト様の後について建物の中に入る。


内部は、薄暗く、ひんやりとしていた。


壁沿いに、棚がずらりと並んでいる。


その棚には、見たこともない巻物が、大量に収められている。


巻物、巻物、巻物…!


パピルスだろうか。


全てに象形文字や、別の文字らしきものがびっしりと書かれている。


(うおおおお!なんだこの量!図書館か!?いや、規模がデカすぎる!国の知識が全部集まってるのか!?)


科学オタクであると同時に、歴史や古代文明にも興味があった隼人のテンションが爆上がりする。


ケプリは、その膨大な巻物の量に圧倒されているようだ。


「ハヤト様…これ…全部…本…?」


「たぶん、この世界の…記録とか…知識とか…だよ!すっげぇ!」


セシャト様は、そんな二人の様子を穏やかな目で見守っていた。


彼は隼人たちを館の一角にある部屋へと案内してくれた。


簡素な部屋だったが、掃除が行き届いており、寝床と小さな机、椅子がある。


窓からは、中庭の緑が見えた。


「ここで…休むが良い」


セシャト様は片言の言葉とジェスチャーでそう言った。


タ・ゼティに来て初めて、落ち着ける場所を得た。


ケプリも安堵のため息をついた。


港での魔物騒ぎ、そして兵士に連行されたことで、彼はかなり疲弊していたようだ。


その日から、隼人の「知の館」での生活が始まった。


セシャト様は、驚くほど熱心に、隼人にこの世界の言葉と文字を教えてくれた。


彼は教えることに慣れているようで、絵やジェスチャー、そして根気強い繰り返しで、隼人の理解を助けてくれた。


文字は、象形文字と、それを簡略化したような二種類の文字があるらしい。


最初はただの絵や記号にしか見えなかったが、セシャト様の説明を聞き、規則性が見えてくると、科学オタクの脳が、そのパターン認識能力を発揮し始めた。


「なるほど!この形は『人』を表してて、この形は『水』か!」


「これは…『神』?色々な神様の文字があるんだな…」


文字や言葉を覚えることは、この世界の知識への扉を開くことだ。


隼人はスポンジが水を吸うように、貪欲に言葉と文字を吸収していった。


ケプリは、最初こそ図書館のような雰囲気に戸惑っていたが、すぐに慣れた。


彼は勉学にはあまり興味がないようだが、館で働く人々(学者だけでなく、世話係や兵士などもいる)と交流したり、中庭で体を動かしたりして過ごしていた。


彼は隼人のボディガード兼話し相手として、常に隼人の近くにいてくれた。


セシャト様は、言葉がある程度通じるようになると、隼人に「知の館」に収められている様々な知識を見せてくれた。


天文学に関する巻物。


星の位置や運行が詳細に記録されている。


これは、アメン老人が知っていた知識よりもさらに高度だ。


医学に関する巻物。


病気の種類や治療法、薬草などが書かれている。


解剖図らしきものまである!


建築や土木に関する記録。


巨大な石を運ぶ方法や、建物を建てる際の工夫などが描かれている。


そして…魔法に関する巻物もあった。


魔法の発動に必要な呪文や、儀式の方法、魔法陣の図などが書かれている。


「セシャト様…この…『マホウ』…の記録…これは…何ですか?」


隼人は興味津々で尋ねた。


「これは…世界を動かす『力』を…操る為の…知識だ」


セシャト様は答えた。


彼らの世界では、魔法もまた、研究や学習の対象なのだ。


しかし、それは隼人の知る「科学」とは、根本的に考え方が違った。


科学が自然現象を観察し、法則を見出し、それを利用するのに対し、彼らの魔法は、神々や精霊といった存在に働きかけたり、世界に満ちているという「マナ」のようなエネルギーを操作したりするものらしい。


「例えば…火を出すマホウ…これは…火の精霊に…祈りを捧げ…力を借りる…」


セシャト様の説明を聞き、隼人は首を傾げた。


「祈り…?じゃあ…これ…(ライターを取り出し火をつける)…これは…精霊じゃない…」


ライターで火を出す様子を見たセシャト様の目が丸くなる。


「それは…!どうやったのだ!?マホウではないようだが…」


隼人は、ライターの仕組みを説明しようとした。


金属の摩擦で火花を起こし、油に引火させる…。


だが、この世界の言葉では、それを説明する適切な単語が存在しない。


ジェスチャーと片言の言葉で説明しても、セシャト様は理解できない。


「摩擦…?油…?それが…火に…なる…?分からん…」


セシャト様は混乱しつつも、隼人の「カガク」が、自分たちの知っている魔法とは違う、別の「理」に基づいていることを確信した。


「ハヤト…貴方の『カガク』…我々の知識体系とは…全く異なる…しかし…真理の別の顔かもしれん…」


彼は隼人に、自分の知っている科学知識を全て教えてほしいと頼んだ。


そして、隼人がこの世界の知識を学ぶのと引き換えに、彼も隼人に科学を学ぶと言ったのだ。


こうして、「知の館」で、異世界の科学オタク高校生と、この世界の最高峰の学者の、壮大な知識交換が始まった。


隼人は、セシャト様からこの世界の歴史、神話、文化、そして魔法について学んだ。


セシャト様は、隼人から物理、化学、生物学、そして工学といった様々な科学の原理について学んだ。


それは、お互いにとって、世界の常識を覆される、刺激的な日々だった。


隼人は、この世界の知識を学ぶ中で、自分の目的へと繋がる情報を少しずつ得ていった。


魔物に関する古い記録。


ピラミッドの建造に関する謎めいた記述。


そして、故郷への手がかりとなるかもしれない、異世界からの訪問者に関する伝説…。


ある日、隼人はセシャト様に、古い巻物を示しながら尋ねた。


言葉の壁はまだ完全ではないが、重要な質問をする程度には上達した。


「セシャト様…この…記録…『ピラミッド』…について…『どうやって』…作ったか…書いてありますか?」


巨大なピラミッド。


あの驚異的な建造物は、どうやって作られたのだろうか。


テコの原理や滑車の応用だけでは、説明できない部分があるように思える。


もしかしたら、この世界の魔法が使われたのだろうか?


セシャト様は、隼人の質問を聞き、少し悲しそうな表情をした。


そして、その巻物を指しながら、ゆっくりと答えた。


「ピラミッドは…我々の祖先の…偉大な知識と…力で作られた…しかし…『どうやって』…それを成し遂げたのか…その詳細な記録は…失われてしまったのだ…」

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