レンズ越しの異世界~転生カメラマン、記録魔法で世界を撮る~

結名 光

第1話「ファインダーの向こうは、紫の空」

サイレンと怒声が響く火災現場。

煙で視界が悪く、臭いも凄い。

火元に近づけば近づくほど、熱さを感じるが、

その熱を求めてさらに突っ込んでいく。

初めて事故現場でカメラを担いだ俺は正直ワクワクした。


俺が、俺だけが見たレンズを通してみた世界。

恐怖も興奮も、フレームの中に収めれば一枚の絵になった。


そしてそれがテレビで流れる。

俺が撮った映像を、顔も知らない誰かが見ている。

社会のためになっているはず。

それは得も言われぬ高揚感があった。


――はずだった。

いつも通りの交通死亡事故の取材。

いつからだろう?

野次馬みたいに人の生き死にを映しに行って何になるんだろうと思い始めたのは。

誰が見てる? 俺のこの映像を、誰が分かってるんだろう?

報道って何のため?

SNSで俺が撮影したニュースを引用した『こんなの見たくない』という投稿を目にした時、その思いは消えないしこりになった。


たくさんのはてなとやるせない気持ちは、いつしか心を疲弊させ、

モノクロのビューファーと同じく世界が白黒に見えてきていた。


今日も国道で朝方起きた交通死亡事故取材。

可哀想にな、とは思うものの、仕事なので淡々とこなしていく。

警察の話によると、こっちの道路からトラックが来て――


動線に沿ってカメラを振る。

視界の端にはトラックがいた。

そうそう、きっと被害者もこんなトラックに轢かれたんだろうな。

鳴り響く低音のエンジンが段々と耳を突く。

大きなトラックの威圧感がレンズを通して伝わって……


「いや、ちょっと待て!これ、本当に来てる――!」


風圧とともに聞こえたブレーキ音が、世界を遮断した。

真っ暗闇になる視界。耳に残る衝撃音。

あぁ、こんなところでこんな風に死ぬなんて。

俺はまだ何も出来ていないのに……


どこからかホワイトノイズが聞こえる。

というより頭の中に直接入り込んでくるような感覚があった。


――ザザッと、ノイズが耳に走る。

スイッチが入ったように目が開く。

視界に飛び込んできたのは。


「……空、紫? しかも月が、二つ……」


どうやら病院ではないらしい。スタジオでもこんなセットは見たことが無い。

薄紫色をした空が一面に広がっていた。おまけに月っぽい星が2つ見える。


瞬は慌てて体を起こす。

見たところ草原のようだが、見たことのない巨大な樹木や、浮遊する岩々が点在している。遠くから狼のような遠吠えが響き、風に乗って漂ってくる、日本では嗅いだことのない少し甘い草木の臭い。


「死んだ…よな? じゃあここ、どこだよ?」


「ファンタジーっぽいな…。これ異世界転生ってやつ?」


報道テレビカメラマンとして10年近く働いてきた瞬は、冷静に状況を分析する癖があった。どんな現場でもまずはどこから何が撮影できるのか「観察」。

そして何を起きているのか「記録」。ふむ、この空の色……色温度いくつだこれ?


立ち上がって周りを見回すと、先ほどまで使っていたZONYのカメラが近くに転がっていた。


「あっ!カメラ!……よかったぁ……」


全然よくはないのである。

とりあえずストラップを肩にかけてカメラを回収し、回る(記録)かチェックをする。右手をグリップに通し、ファインダーを覗く。RECボタンの少し固めのゴムの感触が親指に伝わる。

どうやら問題は無いようだ。替えのメディアは無いけれど。


異世界ものの知識はアニメや漫画で多少はある。

たいてい何かスキルを授かっていて、それを使って生き延びるというわけだ。

ありがちなのは……


「ステータス!ステータスウィンド!……」


何も起こらない。

女神の加護も無ければ、ゲームマスターからのスキルも特になさそう。

あるのは使い慣れたカメラ、でもバッテリーは今ついてるのだけ。

これでどうしろと? 俺は何をすればいいんだ?


そんなとき、近くの草むらがガサリと揺れた。


「……ん?」


そこに現れたのは、醜悪な顔をした、ゲームで知ってるところでいうとオークだった。


「うわっ!? ちょ、やばくね? 本物!?」


距離にして10mくらい。瞬は咄嗟にカメラを向ける。

ピントを取るためにズームしたオークの顔は、今まで見たことのない皮膚の質感だった。


「これ、絶対ニュースになるやつ……って悠長に言ってる場合じゃねぇ!」


どしんどしんと、地響きをさせながら近づいてくるオーク。

音声のインジケーターがどんどん大きくなる。

フレームアウトしそうなオークを収めるべく、ズームリングを左に回しながら、その非日常さに胸の高なりを感じる。


気が付けばあっという間に距離を詰めてきたオークが雄叫びをあげながら棍棒を振りかざしていた。

あー死ぬ、これは死ぬ。心拍数の上昇で逆に死ぬんじゃないかと思ったが、

それでも瞬はその一挙手一投足をレンズで追いかけていた。

これが人生最後のニュースかー。凄い迫力ある映像、誰かに見て欲しかったな……


オークの棍棒が空を切り、土が跳ねる。

刹那、銀髪の少女が風のように躍り込み、剣が閃いた


――シュンッ! オークの咆哮が途切れ、巨体がドサリと倒れる。


「……へ?」


モノクロファインダーに映る煌めくロングヘア。

さらりと動くその髪に、そしてその整った顔立ちにズームしてしまう。


「無事か?」


剣を片手に、さっぱりした口調で言う彼女。


瞑っていた左目を開けると、目の前には銀髪赤眼の女性が立っていた。

瞬は思わず、現実世界では見たことのないその凛とした美しい姿に見惚れてしまっていた。

助けてくれた礼をすることも忘れ、その赤い瞳から目が離せなかった。



呆ける瞬を一瞥した彼女は、彼が肩に担ぐ謎の物体に目を止めた。


「なんだそれは? 危ないものか?」


彼女は訝しんで、先ほどをオークを切って血が滴る剣を向けながら尋ねてくる。

2度目の窮地を迎えて、瞬の思考は完全にパニックになっていた。

瞬は言葉に詰まり、冷や汗が背中を伝う。


切っ先を正面に捉えるレンズの奥が、まるで瞳のように青白く光っていた。

……何かが、この瞬間を記録しようとしていた。

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