第6話

二人を前に、しばらく永はだまったままでいた。

その間、口は動かなくとも、頭はフル回転していた。


喬一は近成のことを好きではなかったのか。


それならどうして、近成のことばかり見ていたのか。


もし、自分の解釈が間違っていて、無理やりくっつけようとしていたのであれば、二人に申し訳なくて、下がった頭をあげられないでいた。


「ごめん」


永が謝罪の言葉を口にすると、ぷっと笑い声がした。


「雪路、やっぱすげーな。さすが。雪路の言った通りだ」


なんのことかわからず、首を傾げる。


「いやさ。雪路が永がオレたちの会話を聞いているかもしれないって言ったんだ。ウソだと思ったけど、『謝ってきたら、聞いていた証拠だ』っつってさー」


「え、でも、そんな会話きこえてこなかったのに!」


「それは、俺が小声で話したからだ。一瞬だけ永の姿が見えたんだ。気のせいかとも思ったんだけど。行ってみたら曲がり角にいたし」


「うっ……。ぼく、どうしても喬ちゃんの役に立ちたくて。余計なことしたみたいで、ごめんなさい」


頭をさげると、「いいよ」と喬一が言った。


「ほらー、マジ天使な永が困ってる。こんな永を見たくなかったから雪路に頼んだのに」


「怒る相手が違うだろ」


喬一に、じろっとにらまれた雪路が、不満そうにつぶやいてから、かるくうなじを掻く。


「それで、近成さんとくっつけようとした理由、あるんだよな」


雪路が永の顔をのぞきこむようにたずねてきた。


「うん」


「喬が近成さんを見ていたのは俺も知っている」


「え、そうなの」


「げっ」


いやそうな顔の喬一に、雪路はにやりと笑った。


「キーホルダー。そうだよな。喬」


「な、なんで……。わかってたんなら、永を止めてくれてもよかったのに」


「害はないし」


「いや、そうかもしれんけど、いろいろ都合悪くないか? ほら、近成さんに気を持たせてるかもしれないとか」


「そこは、喬が何とかしてくれるだろうと思ってな」


「なっ、オレ任せかよ」


そう言って、喬一は頭を抱えた。


「喬だからだ。他の人なら止めていたさ」


「オレだから。そっか。それはそれで、嬉しいな」


ふわっと表情をゆるめた喬一の体温は上昇している。


二人の間にある信頼感のようなやり取りに永は、少しばかりもやっとした。でも、それは持ってはいけない気持ちのように感じて、すぐに気持ちを抑えようとした。


「キーホルダーってどういうこと?」 


永は意識をそらそうと、雪路に聞いた。

その雪路は、喬一に顔を向けた。


「オレから話すよ」


喬一が腕につけているタッチウォッチを二人に見えるように差し出した。

タッチウォッチの画面をタップすると、透明な液晶画面が腕に乗っかるように出てきた。

その画面を操作して、一枚の写真を写しだした。


「これ、チャコって言って、うちの犬なんだ」


茶色のカールした毛に、クリっとした黒いまん丸な目。たれ耳のこの犬種は、たしか……。


「トイプードル?」


これがどうしたのと言おうとして、はっと気づいた。


「近成さんのかばんについていたキーホルダーとよく似てる」


そう言うと、喬一はうなずいた。


「そうなんだ。あまりにもよく似ていて、ついつい見ちゃうんだ、ってか目で追ってしまってて。ははっ」


少し照れくさそうに笑いながら言った。


「チャコは、アニマノイドなんだよ」


「え、あ、ああ! 雪路が組んだっていうプログラム、もしかして、このチャコのため?」


「もういないけどね」


(いない?)


永は、画面から目を離して、喬一を見た。


悲しみと慈しみをたたえた目で画面を見ている。

それがとても美しいと思った。

切なさもふくみながらも、心が凪いでいて落ち着いている。

優し気な顔に、永は思わずぎゅっと喬一を抱きしめていた。


「うぉ! な、なに」


「きっと、チャコだったらこうしてるなって」


「そうだな」


最初は慌てていた喬一も、永の背に手を回して、ぎゅっと抱きしめてくれた。


「喬、もういいだろ。離れろ」


「えー。いいだろ」


雪路に無理やり引きはなされた喬一は、口をとがらすも、すぐににやりと笑った。


そして、永の耳元で、

「雪路にもしてやれよ」とささやいた。


「オレだけずるいって思ってる顔……いてててっ!」


雪路が喬一の耳をつかんで引っ張っている。


「力強すぎん?」


雪路の手をふり払い、耳をさすりながら喬一が言う。


「よけいなことを言うからだ。それより、チャコのために作ったのにいないってどういうことだ」


「ああ、もう歳っていうの? オレの生まれる前から一緒にいたから、ここ一年ほど調子が悪かったんだ。ずっと寝ていたり、たまにオレや家族のことを忘れたように吠えたりさ。でも、大事で大切で。つらいときや親に怒られて泣いていたら絶対に側にいてくれて。チャコがつらいときは、オレが側にいよう。なにかしてほしいことややりたいことが知りたかったんだ」


「それで、知ることはできたか?」


雪路の問いかけに喬一は、今日一番の笑顔で答えてくれた。


「ならよかった」

満足げに雪路も笑った。




それから、喬一と別れて、二人で学校図書館に向かった。

雪路が本を選んでいる間、さっきのことを整理しようと永は窓側の席に座った。


喬一は、近成に恋したわけではなかった。


それに、喬一と雪路の会話から、近成が気になる相手は、自分かもしれないと知った。


となると、アミューズメントパークに行く必要はあるのだろうか。

しかし、断るにも理由が必要だ。

もう必要がなくなったから行かない、なんて言えないし、言っちゃダメだ。


喬一のためとはいえ、近成に声をかけたのは永なのだから、責任は自分にある。


うなっていると雪路が貸し出しを終えてやってきた。

困り顔の永を見て、ふっと表情をゆるめた。


「行こう。一緒に考えるから」


「うん」


差し出されて手を握って永はイスから立ち上がる。


やっぱり、雪路は優しい。


優しさをもらうばかりで、なにもできていないことに歯がゆさが募る。


このままじゃ、いけない気がしてきた。


まずは、アミューズメントパークをどうするかだ。


「永は、みんなで遊びに行きたいんじゃないの?」


教室に置いている荷物を取りに行き、家に帰る道々、雪路が聞いてきた。

永は、雪路が一緒じゃないなら、どこへ行っても同じだと思っていたので、首を横に振った。


「そうか。でも、せっかくだからくっつけようとか考えずに、遊んでくれば?」


「でも、勘違いだって知ったのに、楽しんでもいいのかな。そうだ、ゆきも一緒に行く?」


「そんな急に。困らせるだけだろ」


「最近は、近成さん、ゆきと普通に挨拶しているから大丈夫でしょ」


「……俺は大人数よりも、永と二人がいいがな」


「!」


雪路は、いつもと変りない表情だ。きっと、ふくみもなにもなく、二人でいる方が気楽なだけだろう。

それでも、永は嬉しかった。


だからこそ、どうすればいいか、バスに乗る間も、帰ってからも悶々と悩み、一つの答えを出した。

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