時代に翻弄された不器用な人斬りはどう生きたのか。
- ★★★ Excellent!!!
侍とは何か。現代に侍という職業はないが、この話を読んで、自分の職業に自問自答する経験は確かにあると、僕は感じる。
物語の中の岡田以蔵という男は、真面目で、愚直で、そして不器用すぎる男として書かれていた。
幕末という動乱の中、価値観がガラリと変わった世の中で、「ただ人を切っていればよかった」時代は終わりを告げる。
師である武市のもとで剣を振り続けた以蔵は、ある日、掌を返されたように、「お前は道具だ」と残酷な言葉を告げられる。
人斬りの道具として大義を失ったやりきれなさから師への怒りを発露しそうになった以蔵を助けたのは、昔のよしみである坂本龍馬。
龍馬の勧めで京を出た以蔵は、江戸の町で高杉晋作に出会い、彼の思想家としての芯と、つかの間の宿を得る。
そして、その際晋作に思想を伝えられるが、悲しいことに、彼の思想を理解する頭を以蔵は持っていなかった。
江戸に来てしばらくした後、以蔵は再び京へと戻ることを余儀なくされる。
それに伴い、晋作からの庇護も失われてしまう。ここでまた、彼は漂泊の民となってしまうのだ。しかし、彼は抗うこともできない。
ただ、魂が疲れ切ってしまった以蔵には、膨大な時代の流れに身を任せるしかできなかったのである。
そして京では生活の為に誇りである名刀を失い、女の為に名を失い、生活の糧を得るための搾取でついに命まで失った。
何のために生きたのか。以蔵にも、僕たちにも分からない。
それは、今を生きる自分たち自身の生き方すら問い直すほどの生き様であった。
「自分の生き方に意味はあるのか?」
この問いに、真正面から向き合わざるを得ないほど、以蔵の生き様は圧倒的だった。
一人の男の人生に丁寧に光を当てることで、時代も国も越えて、今を生きる僕たちの心に突き刺さる。
これこそがこの作品の力であり、創作が持つ価値なのだと、僕は改めて思った。