バイト先に男子更衣室がないので、女子更衣室を使う事になりました

あかしろきいろ

第1話 男子更衣室がない…だと?

 今日の放課後、俺は近所にある個人の喫茶店『めぐみ』でバイト面接をする。面接時間に余裕はあるから、一旦家に帰って準備してからでOKだ。


その喫茶店には小さい頃に2回ぐらい、母さんと一緒に行った事がある。今となってはほとんど覚えていないが、レトロっぽい雰囲気だったのはわずかに覚えている。


『恵』にはそういう繋がりがあるが、一番の応募理由は“家から近い”から。それと“のんびり気楽にやれそうな気がする”から。大手はマニュアルが厳しくて堅苦しいイメージがあるし、個人店でゆるくやりたい。


志望動機がこんなんだから、接客とか料理の事は一切考えていない。喫茶店で難しい事はしないだろうし、多分何とかなるだろ。



 面接時間数分前に『恵』の前に着いた俺。早速入るとしよう。


「いらっしゃいませ~」


カウンターにいる若い女性が笑顔で挨拶してくれた。若いと言っても、高1の俺より明らかに年上だ。20代半ばって感じ?


店内は俺が覚えてるレトロの雰囲気そのままだ。こういうのは普通おじさんやおばさんが好むんだろうが、俺は好きだな。


「あの…、面接しに来た空松そらまつです…」

若い女性と話すとは思っていなかったから、緊張してしまう。


「君が空松君ね。応募ありがとう♪」


「いえ…」


「今から面接の準備をするから、奥のテーブル席に座って待っててくれる?」


「わかりました…」


若い女性は店の奥に入って行く。店長を呼びに行ったのかな?



 お客さんが1人もいない中、テーブル席に座って待つ。そして…、さっきの女性が筆記用具などを持ちながら戻って来て、俺の向かいに座る。


「それでは面接を始めるわね」


あれ? この人が始めるの? 面接って普通店長がやるもんだろ?


「わたしはここの店長の星岡ほしおか めぐみよ。よろしくね」


こんな若い人が店長なの? さっきから予想外の連続だ。


「はい、こちらこそよろしくお願いします…」


「空松君。履歴書を見せてもらえる?」


「はい」


俺の履歴書を見始める星岡さん。……緊張する。


「この辺りに住んでるのね」


「はい、ここから歩いて数分ですね」


「この店を利用した事はある?」


「小さい頃に2回ぐらい、母と利用した事があります」


「空松君が小さい頃なら、お母さんが店長だった頃になるわね。わたしはお母さんからここを継いだのよ」


「そうだったんですか…」

若いのに凄いな。


「この辺りって、小学校・中学校・高校も近くて恵まれてるわよね。わたしはその3校の卒業生よ」


「そうなんですか…」

両親も同じで、俺も高校を卒業すればそうなる。


「妹もそうなる予定…って、履歴書をよく見たら空松君と同い年ね。あずさの事は知ってる?」


「名前は聞いた事ありますが、話した事はないです…」


『幼馴染=仲が良い』のは漫画やアニメだけの話だ。俺達みたいに、接点が皆無の幼馴染もいるんだよ…。


「クラスはどう?」


「俺達、実は同じクラスです…」


「そっか~、一緒のクラスか~♪」


何故か笑顔になる星岡さん。理由がサッパリだ。


「――もうそろそろ、バイトの事を訊くわ。料理の経験はどう?」


「全然ないんですよ。接客もうまくできるかどうか…」

嘘付いてもバレるし、正直に言ったほうが良い。


「最初は誰だってそうよ。ここに来るのは常連さんばかりだし、緊張しなくて大丈夫。わからない事は優しく教えるからね」


「ありがとうございます…」

星岡さんは優しそうだし、彼女に教えてもらえるなら心配なさそうだ。


「空松君。ここの勤務は“シフト制”になるんだけど、万が一誰かに急用ができたら代わってもらう事はできるかしら?」


「はい、大丈夫だと思います」


友達0で滅多に出かけないから、家でゲームばかりしている。一時期はその状況を気にしていたが、今はむしろそれが役に立っているのでは?


「そっか、良い事を聞いたわ」


星岡さんの反応を見る限り、好印象っぽいぞ。


「空松君がいれば、みんなにを与えられそうだわ…」


良い刺激? 気になるが、独り言にツッコむのも…。


「――空松君、君を採用するわ!」


「本当ですか? ありがとうございます!」

まさか即決してもらえるとは…。


「だけど、1つだけどうしても言わないといけない事があるの…」


「何でしょうか?」

実はドッキリとか? …いやいや、さすがにそれはないだろ。


「実はここ…、がないのよ」


「男子更衣室が…ない?」


「そう、この店はお母さんが始めたの。お父さんは手伝うどころか、ここに来た事すらないわ」


「そうなんですか…」

その理由は訊いちゃダメな気がする。


「見ての通り、この店は小さいから男女別の更衣室を用意できなかったみたい。だからお母さんは、今まで女性だけ採用していたわ」


「ちょっと待って下さい。だったら今もそうするべきでは?」

それに何の問題がある?


「今は『男女平等』の時代だから、性を理由に断る事はできないわよ。それにわたしと奈々ななちゃんは男の人の採用に前向きだし、女子更衣室のロッカーを使っても良い考えなの。――奈々ちゃんというのは、この店のバイトの子ね」


「お二人は何で前向きになれるんですか?」

女子更衣室に男が入るなんて、普通は嫌悪感があるはずだ。


「それは『同じタイミングで着替えなければ問題ない』からよ。男の人がいてもいなくても、ロッカーは施錠するから他は大丈夫でしょ?」


「そうですね…」

入る際は誰であろうとノックする。気を付ければ共存できる…かも?


「でも梓だけは、ものすごく反対してるの。もう1人のバイトの子は、中立というか無関心というか…」


肝心の彼女に拒否られてるのはマズイ。俺達は話さなくても同じクラスだから、気まずさが半端ない。


「だから…、梓をうまく説得してくれないかしら? 当然わたしも協力するわ」


まったくできる気がしないが、星岡さんは良い人そうだしここより近いバイト先はない。簡単に諦めるには惜しい存在だ。


「応募があったのは久しぶりだし、空松君にはここで頑張ってもらいたいの。無理を言ってるのは承知してるけど、お願いできる?」


ここまで言ってくれるなら頑張らないと失礼だな。仮にうまくいかなくても…、好感度0が少しマイナスになる程度で影響は少ないと思う。


「そういう事でしたら頑張ります…」


「ありがとう、早速連絡してみる」


星岡さんはスマホを操作する。――それから数分後、どうやら返信が来たらしく…。


「梓だけじゃなくて、しずかちゃんと奈々ちゃんも来てくれる事になったわ。早速全員顔合わせできるわね♪」


早くも全員と会うのは吉と出るか凶と出るか…。俺は不安に思いながら、他の人達が来るのを待つ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る