guilty eat ≪ギルティイート≫

あさひ

第1話 濡れた刃

 世界は色がない

それが常識だった。

 だって色はあるのに

温かみがないから

いつも灰色に見える。


 日に照らされた屋上は

暑いというより何故か涼しかった。

「だるい……」

 授業をサボる

典型的な不良とは少し違う

真面目そうな少年である。

 屋上のベンチで

ポケットから何かを取り出した。

「単位はまだ大丈夫だったな」

 メモ書きを確認すると

ほくそ笑む。

 罪悪感はあった

常識や普通なら授業に出て

ノートを取り

試験のために勉強するものだ。

「まあ真面目じゃないからなぁ」

 その言葉がやたらと気に入っているのか

自慢げに言い続けている。

「世界は意味のない罪に溢れている」

 小説の欠片が

人格のすべてを占めていた。

「ここにいたのか?」

「ずっとぉ?」

 二人の男女が

探していたのか

屋上に向かって話しかける。

「おおっ! トモキとサクヤっ!」

「おおっ! じゃねえんだよ……」

「そうだよっ!」

 良く見えないが

白い紙をこちらに向けていた。

「なんだぁ?」

 絶望的な勧告ではあるが

理解が及んでいない。

「また補修だろ」

「違うよ?」

「もっと深刻だ」

 白い紙にはこう書いてある

≪屋上の立ち入りを禁止する≫

以上の条件は本時刻をもって施行する。

 日付は今日の数分後

そして二人は先生に言われたので

来たらしいのだ。

「これのどこが深刻?」

「屋上があとで何に使われるかだよ」

 紙の続きを読んでいくと

天文台になる予定で

部室になる。

「えっ?」

「イオリが屋上にした細工がバレちゃうんだよ?」

「早くどうにかしないともう来るんだがなぁ」

 イオリと呼ばれた少年は

屋上を秘密基地のように扱っており

あらゆる改造をしている。

 殺風景に見えるが

端っこに謎のプレハブがあった。

「あれをあと数分で?」

 そんな時だ

グラウンド辺りで凄まじい怒号が響く

銃声に近いような爆音である。

「なっなに?」

「下の方からか?」

「もしかして先生たちは知ってたんじゃ……」

 屋上から下を覗くと

武装した軍隊のような集団が

空中に銃を向けていた。

「我々は≪カガミヨウコ≫の娘を探している!」

 家上葉子とは

女性市長であり

この町において有名人である。

「なんかやばくね?」

「やばいどころか……」

「リコちゃん……」

 カガミヨウコの娘はリコと言う名前で

サクヤの親友だ。

 グラウンドにいる武装集団が

こちらに気づくと先頭にいた黒い布巾が

合図を下す。

「こっちに向かう合図か?」

「なんでわかるんだよ」

「軍式においてのそれは警察官を目指すなら当たり前だ」

 どんな警察を目指しているのか

疑問ではあるが確かに武装集団はこちらに向かっている

そんな気がした。

「屋上までは四階だから……」

「ものの数分で着くぞ」

「待って」

 トモキとサクヤが思い出した

先生が後からやって来る。

「それって鉢合わせだよな」

「先生なら身を挺しかねない」

「それって……」

「銃撃を受けかねない」

 淡々と言ってしまえるのは

一応なりとも良点だ。

「とりあえず奴らの狙いはサクヤだ」

「だろうな」

「じゃあどうするの?」

 ふと小説のワンシーンが過った

目的がしっかりした集団には弱点がある。

「確実性を持つために逃げ口を塞いでいく」

「え?」

「どういう意味だ?」

「あいつらは出入口に数人を配置するはずだ」

 トモキは気づいたようだ

屋上の出入り口は一つのみ

しかし真下の階は渡り廊下が二手に分かれていた。

「挟み撃ちなんて最悪だな」

「しかも下に降りるには脇道なんてない」

「じゃっじゃあどうするのっ!」

 少し落ち着きが消えていくサクヤ

イオリは不意に手を握り

呟く。

「大丈夫だ……」

「あの時のように……」

 それに同調するように

トモキも一言だけ呟いた。

「我ら三銃士は散らない」


 学校玄関口

 慌ただしいのはいつも通りだが

様相が違う。

 授業を受けている生徒たちは

緊迫の面持ちで息を殺していた。

 見つかれば射殺あるいは

人質という形に慢性的な恐怖に支配される。

 だが武装集団は

教室には目もくれずに

屋上を目指しているようだった。

 各教室の先生たちは生徒たちに集中しており

階を上がったのを確認すると

教室から玄関口へと避難を促す。

 武装集団もグラウンドだけを監視しており

生徒たちを緊急用の裏道から逃がせた。

「ゆっくり音を立てないでね」

 女性の先生が

声を潜めて誘導している

そんな最中で三人の生徒たちは

足早にトイレにいる。

「なんで男子トイレなの?」

「仕方ないだろ」

「無難だからな」

 屋上からすでに避難が終わっている

イオリの細工が功を奏したのだ。

「まさかトイレへの道をショートカットか……」

「尿意には勝てんからな」

「ちょっと……」

 私がいるんだけど

表情で伝えてくる。

「わるい……」

「こんな事態だからなぁ」

「関係ないよ?」

 圧がこもった笑顔がとても怖い

一階でいるとも知らない武装集団は

手際よく四階ものフロアを見て回った。

「でどうするんだ?」

「どうやって逃げるの?」

 二人から意見を求められ

一言だけ声を潜めて言う。

「このまま待機だ」

【へ?】


 屋上のプレハブ

「隊長っ!」

「どうした!」

 このプレハブにはいませんと

号令のように報告をした。

「どこにいった?」

 プレハブは調べられたが

どこにもトイレへの直通は見つからない。

「学生風情がっ!」

「見落としがあるんでしょうか?」

「それはない」

 断言してみせた

隊長には不思議な能力が存在する。

 罪人の脈拍が聞こえるのだ

だが罪人の音はおろか

なにも聞こえない。

「罪の力≪ギルティアーツ≫を素で破るとはな」

「相手も能力者ですか?」

「違うな」

「なぜですか?」

「痕跡がない」

 罪の力≪ギルティアーツ≫には

使用の痕跡が基本的に残る。

 紫の光が周囲に舞う

または点在するのが基本なため

使用は目に見えてわかるのだ。

「どう見ても能力なしで破られた」

「そんなことが?」

「まあ時期に絞り出す」

 武装集団は形態を変化させる

散開しながらの人海戦術

つまりは自由にしらみつぶしな

捜索手段である。

 来るはずの先生は

武装集団に怯えて掃除用具などがある

三階の倉庫に全員が隠れていた。

「なんですかね?」

「知らないよ!」

 小さく叫ぶ禿げ頭の男性と

付き添いの秘書のような女性の教頭は

他の二名の先生にも聞こうとする。

 その時だが武装集団の一部が

廊下を通った。

 レシーバーで何らかの連絡を取っている

そして銃を倉庫に向かって構える。

「見つかった?」

「どうせ牽制でしょう」

 違うかったのだ

罪の力≪ギルティアーツ≫に反応するという

運の悪さだった。

 禿げ頭の男性は

カガミヨウコからの献金を受け取っており

裏口入学を請け負っている。

 本当の目的に

辿り着いてしまったのだ。

 一発の銃声が

  鳴り響いた

そして息が出来なくなる四名は

蛇に睨まれたカエルのように固まっている。 

「ここにいたのかっ!」

 隊長と呼ばれた

黒い布巾の男だ。


 一階の校舎 男子トイレ

「どうやら大丈夫になったな」

「どういう意味?」

「まるで見えているかのような……」

 正確には見えていない

聞こえている。

 生まれつきイオリは耳が良く

軽音楽部に呼ばれていた

単純な聞き分けが出来るのだ。

「でもやばいな」

「何が?」

「まさか先生たちが?」

「そのまさかかもしれない」

 助けに行こうよと

サクヤが言い始めたが

宥める。

「何が出来るんだ?」

「そうだぞ? サクヤじゃ何もできないだろ?」

「違う…… 今日はお姉ちゃんの先生初日なの」

 お姉ちゃんとは

二名のうちの一人でサクヤに

情報を流した張本人だ。

「え?」

「だから知ってたのか?」

「ズルかもしれないとは言われた」

 一変と計画を変更するしかない

助け出さないとまずい。

「少しだけ時間をくれないか?」

「まさか行くのか?」

「よく言えたな……」

「あっ…… そういうつもりでは……」

 サクヤだけが黙っている

涙が不意に溢れそうになる。

「たすからないよね」

 氷のように温かみがなくなる

言葉は心そのものを写してしまった。

 二人の男子は

頭をフル回転する。

 不意にだが

頭に声が響いた

聞き覚えはない。

【罪に抗うか?】

 辺りを見回すイオリに

トモキとサクヤは不審な顔をする。

「もしかして聞こえる?」

「いや気のせいだと思う」

「一応だが警戒はしておく」

 トモキの体つきは悪くない

ラグビー部からスカウトされるほどの

体育会系男子だ。

 武装集団であれども

戦うことぐらいは可能である。

 しかし数秒後

また声が頭に響いた。

【罪を喰らえ…… 道は開かれる】

 心の声でなんとなく

答えてみる。

【この状況をどうにか出来るなら喰らう】

 その言葉に笑った感覚がした

そして紫色の光がイオリからバチバチと

溢れ出した。

「化学兵器か?」

「いや違うと思うが……」

「悪いものでも食べた」

 いや違うだろと

二人の男子が真顔で答えた。

 その気配を感じるのは

やはり隊長でしかない。


 三階 倉庫内部

 ビクッと殺意のような鋭さを感じる

隊長と呼ばれた黒い布巾は

あからさまに怯えている。

「罪の王」

「どうしました?」

「ここを押さえておけっ!」

 血相を変えた隊長と呼ばれた存在が

武装を整えながら一階に向かった。

「どうしたんでしょうか?」

「罪の王などまだ信じているんだな」

「罪の王ですか?」

「そんなのいたら隊長なんて即ダウンだな」

 首を横に切るような動作で

新人に教えていたベテランは少しだけだが

震えが止まらない。

「とりあえず撤退の準備を」

「わっわかりましたっ!」

 武装集団は違う方向へと警戒を変える。


一階の校舎 男子トイレ

「やばいぞ」

「何が?」

「まさかっ!」

 なんかこっちにすごい勢いで来てるぞと

トイレから出るように二人に催促した。

 トイレから出た瞬間に

上の階から猛烈な足音が近づいてる。

「マジかよ……」

 トモキはサクヤとイオリを庇いながら

走っていたが視線でかち合った。

「どっちだ?」

 紫の痕跡を探す隊長は

イオリに照準を向ける。

「イオリっ!」

 トモキがイオリを守るように

凶弾を腕に食らった。

「ぅぅぅうっ!」

 声にならない悲鳴を出す

掠っただけだが相当に痛い。

「トモキっ!」

「トモキ?」

 意識が薄れていく

無念が頭一杯に溢れる感覚だけ

認識出来た。

「ご…… め……」

 最後まで続かない声は

イオリを最大までに覚醒させる。

「てっ…… めぇぇぇぇぇっ!」

 隊長と呼ばれた黒い布巾は

迷わずイオリを次に狙った。

 激情のままに

睨みつけながら頭の声に付き従う。

【罪を喰らえ】

 神速に近い何かが

隊長を半分吞み込んだ。

 まるで大きな怪物に齧られているように

半分だけ見えなくなり

次には隊長は何事もなかったかのように

意識だけが消失している。

 そして紫の痕跡も

隊長からは消えていた。

 刹那に近い時間

イオリは気を失い

トモキの横に倒れる。

 涙が止まらなかった

二人の幼馴染が一篇に凶弾を

受けてしまった。

「イオリ…… トモキ……」

 頭に声が響く

【罪を喰らえ】

「もうどうでも良いからっ!」

 二人を助けてと叫んだサクヤに

呼応した紫色の光が三人を包む。


 数時間後

警察の医務室で横になっていた

サクヤとイオリ

そして重症だったはずのトモキ

医務室の先生がイオリの頭を撫でていた。

「おかえりなさい」

 そう呟くと

「罪の王≪ギルティイート≫」

 それだけ言葉を置くように

笑顔で放った。

 血染めではない

黒く塗れたイオリを見つめて

それだけである。


 第一話 濡れた刃 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

guilty eat ≪ギルティイート≫ あさひ @osakabehime

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ