緑枯れ病の謎と村人たちの協力

 青嵐月の二日目。


 朝早く、エリーズさんと一緒に青銅山の調査に向かった。道中で、彼女から森林保護の専門知識を教わる。


「森の病気の多くは、人間の活動が原因です。特に古い鉱山は、閉鎖後も長期間にわたって環境に影響を与え続けます」


「鉱山って、そんなに長く影響するんですね」


「ええ。適切な処理をしなければ、数十年、時には数百年も問題を引き起こします」


 1時間ほど歩いて、青銅山の中腹に到着した。確かに古い坑道の入り口があり、そこから嫌な匂いのする水が流れ出している。


【観察結果】

 ◆青銅山廃坑道◆

 ★★★★深刻な環境汚染源

 ・状況:坑道から肌を焼く程の強い毒水が持続的に流出

 ・水質:金属を溶かすほどの猛毒

 ・成分:鉄や銅を溶かし込んだ毒々しい鉱毒水

 ・流出量:1日中絶え間なく流れ続けている

 ・対策:坑道の封鎖と毒水の処理が必要


「これは深刻ですね」


 エリーズさんも同じ結論に至ったようだ。


「坑道を封鎖する必要があります。でも、それだけでは内部に溜まった水の処理ができません」


「地魔法で坑道の構造を調べてみますね」


 地面に手をついて、坑道内部を探る。深さ約50メートルの縦穴で、底に大量の酸性水が溜まっている。


「底に酸性水の溜まり場があります。これを処理しないと、別の場所から漏れ出す可能性があります」


「どうしましょう...大掛かりな工事が必要そうです」


 その時、村人たちが追いかけてきた。ダンさん、織物のアンナさん、鍛冶屋のガル

フさんなど、顔馴染みの面々だ。


「ヒナタさん、私たちも手伝います!」


「でも、これは危険な作業になりそうですよ」


「だからこそ、みんなで力を合わせるんです」


 ガルフさんが前に出た。


「俺は鍛冶屋だ。金属のことなら詳しい。酸性水を中和する方法も知ってる」


「本当ですか?」


「昔、祖父から聞いた話だが、石灰石で毒を和らげる方法があるらしい。石灰石なら、この山にも採れる場所がある」


 アンナさんも続けた。


「私は織物で染料を扱います。強い色を和らげる方法も少し分かります」


「村の東にある石灰石の露頭を使えば、大量の中和剤を作れるぞ」とダンさん。


 エリーズさんが感心した表情を見せた。


「皆さん、それぞれ専門知識をお持ちなんですね」


「この村の皆は、長年この土地で暮らしてきました。土や石、水のことは誰よりも詳しいんです」


 そこで、みんなで作戦を立てることにした。


 ガルフさんが石灰石の採取場所を案内

 ダンさんが石灰石の運搬を組織

 アンナさんが中和剤の調合を担当

 エリーズさんが全体の技術指導

 僕が地魔法で坑道の安全確保


 役割分担が決まったところで、早速作業開始だ。


 ガルフさんの案内で石灰石の採取地点へ。良質な石灰石がたくさん採れた。


「石灰石で毒を和らげるのは、昔から鍛冶屋に伝わる知恵でしてね。炉の調子が悪い時にも使うんです」


「この石灰石なら、強い毒でも和らげることができる」


 次に、僕が地魔法で坑道の入り口を安全に拡張した。作業しやすいように、また危険がないように注意深く進める。


 アンナさんとエリーズさんが協力して、石灰石を粉末状にし、適切な濃度の中和剤を調合する。


「石灰石の粉と水は、これくらいの割合が良いようですね」


「ええ、染色でも似たような方法を使うんです。強すぎる色合いを落ち着かせる時に」


 ダンさんが他の村人たちと協力して、中和剤を坑道内に運び込む。


 僕は地魔法で坑道底部の水の流れを制御し、中和剤と酸性水が効率的に混ざるようにした。


 作業は丸一日かかったが、見事に成功した。


 坑道から流れ出る水が普通の水に戻り、嫌な匂いも消えた。


【処理結果】

 ◆青銅山坑道処理完了◆

 ★★★★成功した環境修復

 ・水質改善:毒水 → 普通の清水に変化

 ・毒性:肌を刺す刺激が完全に消失

 ・流出水:無害な普通の地下水に変化

 ・処理期間:1日

 ・関係者:村人総出での協力作業


「やったー!」


 村人たちが喜びの声を上げる。

 エリーズさんも驚いている。


「信じられません。これほど手際よく、しかも完璧に処理できるなんて」


「一人ではできませんでした。みんなの協力があったからです」


 夕方、村に戻る道でガルフさんが言った。


「ヒナタさんは魔法が使えるのに、俺たちの知識も尊重してくれる。それが嬉しいんだ」


「皆さんの知識は、僕の魔法よりもずっと価値があります。この土地で長年培われた知恵ですから」


 アンナさんも続けた。


「ヒナタさんがいると、私たちも自分の知識に自信が持てるようになります」

 夜、村人たちと一緒に今日の成功を祝った。小さな宴会で、みんなの笑顔が輝いて

いる。


 エリーズさんが最後に言った。


「この村は素晴らしいですね。技術と知恵と協力。それが真の問題解決の力なんですね」


 今日もまた、一人ではできないことを、みんなで成し遂げることができた。


 魔法は確かに便利だが、人と人とのつながりと協力こそが、最も大きな力なのかもしれない。


 青嵐月の三日目。

 昨日の緑枯れ病解決により、村人たちとの絆がさらに深まった気がする。エリーズさんは王国への報告のため帰って行ったが、「またお会いしましょう」と温かい言葉を残してくれた。


 今朝、時の洞窟で竜王の魔法概論を読み返していると、最後のページに気になる記述を見つけた。


『真の観察者となりし者へ

 7つの魔法を習得し、心を清らかに保ちし者は

 創世の書を読む資格を得る

 しかし覚えておけ——

 知識は時として重荷となり

 無知が幸福をもたらすこともある

 読むか読まざるか、それは汝の選択なり』


 創世の書。ついにその正体が明かされるのか?


 でも、警告の言葉も気になる。「無知が幸福をもたらすこともある」とは、どういう意味だろう?


 昼前、書斎でグレンさんの日記を読み返していると、隠し引き出しを発見した。そこには小さな鍵と手紙が入っていた。


『後継者へ

 もし君が7つの魔法を習得し、この手紙を読んでいるなら

 君は創世の書を読む準備ができている

 しかし、最後に一つだけ質問させてほしい

 君は本当に、すべてを知りたいのか?

 

 今の君は幸せだろうか?

 平穏な日々に満足しているだろうか?

 もしそうなら、この鍵を使わない選択もある

 

 創世の書には、この世界の成り立ちと

 君の前世、そして未来について記されている

 それは大きな知識だが、同時に大きな責任も伴う

 

 よく考えて決めてほしい

 

 グレン』

 

 重い言葉だ。


 僕は今、確かに幸せだ。


 毎朝、フィンとフルートの鳴き声で目覚める。

 美味しい朝食を作り、ゆっくりとお茶を飲む。

 森を散歩し、新しい発見に心躍らせる。

 村人の相談に乗り、一緒に問題を解決する。

 夜は静かに星を眺め、平穏な眠りにつく。

 これ以上、何を望むというのだろう?


 でも、一方で好奇心もある。この世界のこと、自分の前世のこと、未来のこと。知りたがりの性分が顔を出すのも確かにある。


 午後、森を散歩しながら考えた。

 道端で見つけた小さな花。


【観察結果】

 ◆ホワイトベル◆

 ★★一般的な野花

 小さく白い鈴型の花、青嵐月に咲く


 特別な効果はないが、見ているだけで心が和む

 時に価値は珍しさではなく、美しさにある


 そうだ。この花のように、特別ではないけれど美しいもの。価値があるもの。

 僕の今の生活も、そんな感じなのかもしれない。


 特別な運命や使命があるわけではないけれど、毎日が美しく、価値がある。


 夕方、村の広場を通りかかると、子供たちが遊んでいた。そこにダンさんの息子、10歳のトムもいる。


「ヒナタお兄ちゃん!」


「やあ、トム。みんなで何をしているんだい?」


「観察ごっこだよ!お兄ちゃんみたいに、いろんなものを観察するの」

 子供たちが石や葉っぱを見つめて、「これはレア度★だ!」「こっちは★★だよ!」と楽しそうに遊んでいる。


 微笑ましい光景だ。


「お兄ちゃん、本当はもっとすごい魔法も使えるんでしょ?」


「そうですね、少しは」


「でも、僕たちと遊ぶときは普通のお兄ちゃんでいてくれるから好きだよ」


 その言葉にハッとした。


 子供たちは、僕が特別な魔法を使えることを知っているけれど、それよりも「一緒にいて楽しい人」として僕を見てくれている。


 帰り道、グレンさんの手紙のことを再び考えた。


 創世の書を読めば、きっと多くのことが分かるだろう。この世界の秘密、自分の使命、未来への道筋。


 でも、それは本当に必要なのだろうか?


 すべてを知ることが、本当に幸せに繋がるのだろうか?


 今の僕は、毎日を大切に生きている。村人たちと助け合い、自然を愛し、小さな発見に喜びを感じている。


 今この瞬間の美しさこそが、何より大切なのかもしれない。


 夜、決断した。


 創世の書は読まない。


 少なくとも、今は読まない。


 もしかしたら、いつか本当に知識が必要になる時が来るかもしれない。その時は改めて考えよう。


 でも今は、この平穏で美しい日々を大切にしたい。

 グレンさんの鍵を大切に引き出しにしまった。いつかのために。


 フィンとフルートに今日の出来事を話すと、二羽とも満足そうに鳴いた。


 きっと彼らも、毎日の小さな幸せを大切にしているのだろう。

 窓から見える星空が、いつもより美しく見えた。


 知らないことがある。それもまた、人生の楽しみの一つなのかもしれない。


 謎があるからこそ、毎日に発見がある。すべてを知ってしまったら、きっと世界はつまらなくなってしまうだろう。

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