ドラゴンの遺産と失敗からの学び

 若葉月の四日目。


 昨日発見した羊皮紙をもう一度詳しく調べていると、裏面に小さな文字で追記があることに気づいた。


『最後の場所は"ドラゴンの眠り"

 星見の丘より北東、徒歩で半日の距離

 古代竜王の遺した宝物庫が眠る

 しかし注意せよ——技術だけでは開かぬ扉』


 ドラゴンの眠り、か。興味深い。


 でも今日は急がず、歩いて向かうことにした。飛行魔法を使えば30分程度の距離だが、昨日学んだ「急げば見落とし」の教えを思い出す。


 朝食を済ませ、ゆっくりと出発の準備をする。水筒にマナの泉の水を入れ、簡単な昼食も用意した。


「フィン、フルート、今日は長い散歩になるけど、一緒に来る?」


 二羽とも嬉しそうに鳴いて、肩に止まった。彼らも新しい冒険が楽しみなようだ。

 ゆっくりと森を歩いていると、道中で面白い発見があった。

 まず最初に見つけたのは、古い石碑だった。


【観察結果】

 ◆古代の道標石◆

 ★★★レア遺物

 風化した石碑に古代文字で方角が刻まれている

「東:水の聖地」「北:風の里」「西:時の境界」

 数百年前の旅人向けの道案内と推測


 古代にはこんな道標があったのか。しっかりとした文明があったことが分かる。

 石碑をよく見ると、さらに興味深い情報があった。石碑の下部に、小さく「竜王歴327年建立」と刻まれている。竜王歴?古代には竜王という統治者がいたのだろうか。


 さらに1時間ほど歩くと、今度は古い橋の遺跡を発見した。現在は崩れて使えないが、石組みの技術が非常に高度だ。


【観察結果】

 ◆古代石橋の遺跡◆

 ★★★レア遺物

 精密な石組みで作られた橋の遺跡

 使用石材:マナストーン(魔力を帯びた石材)

 推定建築年代:約500年前

 橋幅:人ひとりが通れる程度、竜のサイズを考慮した設計


 竜のサイズを考慮した設計?ということは、本当に昔は竜と人間が共存していたのか。


 橋の両端には、竜の彫刻が施されている。威厳に満ちた表情だが、どこか慈愛深い印象も受ける。恐ろしい存在というより、守護者のような雰囲気だ。


 3時間ほど歩いて、ようやく目的地に到着した。

 そこは小高い丘になっていて、頂上に古い石造りの建物があった。ドラゴンというより、古代の神殿のような印象だ。


 建物の外壁には、古代竜王の歴史が浮き彫りで描かれていた。翼を広げた巨大な竜が、7つの魔法を司る神々と契約を結ぶ場面。人間と竜が共存していた黄金時代の記録。そして最後に、竜王が自らの知識を後世に託して永眠に就く場面。


「こんな歴史があったなんて...」


 フィンとフルートも、彫刻を興味深そうに見つめている。

 建物の正面には大きな扉があり、その両脇に竜の石像が立っている。実物大なのか、石像でも圧倒的な迫力だ。


 入り口には複雑な魔法陣が刻まれている。


【観察結果】

 ◆古代魔法陣◆

 ★★★★伝説級遺物

 7つの魔法属性が組み合わされた複合陣

 起動には「7つの魔法の理解」と「清浄な心」が必要

 技術だけでなく、魔法への敬意と謙虚さを要求する


 なるほど、グレンさんの「技術だけでは開かぬ扉」というのはこのことか。


 魔法陣をよく観察すると、中央に7つの円が組み合わされた複雑な模様がある。それぞれの円には、風、地、炎、水、時間、星、そして7つ目に光を表す記号が刻まれている。


 7つの基本魔法を統合したものが光魔法なのか。だから竜王は光魔法を「統合の魔法」と呼んでいたのかもしれない。


 まず、習得した魔法を順番に魔法陣に込めてみる。


 風魔法→成功。魔法陣の一部が緑に光る。

 地魔法→成功。茶色に光る。

 炎魔法→成功。赤く光る。

 水魔法→成功。青く光る。

 時間魔法→成功。金色に光る。

 星魔法→成功。銀色に光る。


 そして最後、7つ目の魔法が必要だ。


 でも7つ目の魔法とは何だろう?羊皮紙には「7つの魔法の理解が必要」と書かれていたが、具体的に何の魔法かまでは記されていなかった。


 分からないまま魔法陣に向き合うのは危険かもしれない。でも、ここまで来たのだから挑戦してみよう。


 心の中で、まだ見ぬ7つ目の魔法への敬意を込めながら魔力を注ぐ。

 そう思った瞬間、魔法陣が激しく光り始めた。


「うわっ!」


 光が眩しすぎて目を開けていられない。同時に、強烈な魔力の波動が周囲に放射される。


 慌てて魔力を切ったが、魔法陣は暴走状態。強烈な光と共に、周囲の空気が振動している。地面も小刻みに震えている。


「やばい、制御できない!」


 とっさに地魔法で土の壁を作り、身を守る。フィンとフルートも僕の肩にしがみついて、怯えている。


「大丈夫、大丈夫だよ」


 そう言いながらも、内心では焦っていた。これほど強力な魔法陣の暴走は初めての経験だ。

 数分間の混乱の後、ようやく魔法陣が静まった。

 冷や汗を拭いながら考える。技術だけでは駄目というのは、こういうことだったのか。


 魔法を数として集めるのではなく、それぞれの本質を理解し、敬意を持って扱わなければならない。竜王が求めていたのは、魔法の習得者ではなく、魔法を理解する者だったのだ。


 改めて魔法陣と向き合う。今度は一つ一つの魔法に対して、感謝の気持ちを込めながら魔力を注いだ。


 風魔法:移動と探索の自由をくれてありがとう

 地魔法:安全な住まいを与えてくれてありがとう

 炎魔法:美味しい料理を可能にしてくれてありがとう

 水魔法:生活の質を向上させてくれてありがとう

 時間魔法:効率と余裕をくれてありがとう

 星魔法:過去と未来への扉を開いてくれてありがとう


 そして7つ目——まだ正体の分からない魔法への敬意も込めて、魔力を注ぐ。


「僕はまだ7つ目の魔法が何なのか分かりません。でも、いつかその魔法と出会う時には、適切に使わせていただきます」


 すると、魔法陣全体が優しい光に包まれ、ゆっくりと扉が開いた。

 中は思ったより小さな部屋で、中央に古い本が一冊置かれているだけだった。

 部屋の壁には、竜王の肖像画が描かれている。想像していたよりもずっと穏やかな表情で、知恵に満ちた目をしている。


【観察結果】

 ◆竜王の魔法概論◆

 ★★★★★古代秘伝書

 7つの基本魔法とその組み合わせ技術について記された書

 最後のページに「光魔法」の習得方法が記載


「技術より心、知識より敬意」の思想で書かれている


 「光魔法!7つ目の魔法は光魔法だったのか!」


 本を読むと、光魔法は他の6つの魔法を理解した者だけが習得できる特別な魔法らしい。治癒や浄化、そして照明などに使えるという。


『光魔法は、すべての魔法の統合である。

 風の自由さ、地の安定性、炎の情熱、水の柔軟性、

 時間の神秘、星の導き。

 これらすべてを理解し、調和させた時、

 光魔法が生まれる。

 

 光とは、すべての色を含んだ純粋な魔力の現れ。

 魔法使いの心が清らかであればあるほど、

 美しく輝く。』


 なるほど、だから7つの魔法を習得した後でないと使えないのか。


 早速練習してみる。


 本に書かれた通り、まず6つの魔法の感覚を同時に呼び起こす。そして、それらを統合するイメージで魔力を集中する。

 両手に魔力を集中し、心の中で光をイメージする。最初はうまくいかなかったが、失敗を重ねることで徐々にコツを掴んできた。


 最初の光は豆粒ほどの大きさで、すぐに消えてしまった。しかし失敗するたびに、光の本質について理解が深まっていく。光とは、すべての色を含んだ純粋な魔力の現れなのだ。


 10分ほど練習していると、手の平に安定した光を灯すことができるようになった。

 20分後、光を強くしたり弱くしたりすることもできるようになった。

 30分ほど練習して、ようやく手の平に小さな太陽のような光を灯すことができた。


【習得技能】

 ◆光魔法 Lv.1◆

 ・基本照明:手の平サイズの光を生成

 ・軽微治癒:小さな傷の回復促進

 ・浄化作用:簡単な汚れや臭いの除去

 ・魔力消費:中程度


 試しに、昨日森で転んだ時にできた膝の小さな傷に光魔法をかけてみる。温かい光が傷を包み、見る見るうちに治っていく。


「すごい...本当に治った」


 フィンとフルートも、光に興味深そうに見入っている。


 帰り道、夕日が森を染める中を歩きながら思った。

 今日は失敗から多くを学んだ。魔法は技術だけでなく、心の在り方が重要なのだ。そして時には失敗することで、本当の理解に近づけるのかもしれない。


 道中、光魔法の実用性も試してみた。

 暗い森の中で照明として使ったり、水筒の水を浄化したり、フィンの羽についた汚れを取ったり。小さな魔法だが、日常生活にとても役立ちそうだ。


 特に治癒能力は有用だ。村人の相談事でも活用できるかもしれない。


 でも、一番大切なのは技術ではなく心だということを忘れてはいけない。竜王が教えてくれた「技術より心、知識より敬意」という言葉を胸に刻んでおこう。


 急がず、一歩一歩進んでいこう。それが真の成長への道なのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る