マナシードと新たな相談
芽吹き月の五日目。
昨夜のマナフラワー開花が夢のような出来事だった。でも手の中にあるマナシードが、それが現実だったことを証明している。
朝起きると、体調がとても良い。マナフラワーの光を浴びた効果なのか、疲れが完全に取れており、頭もすっきりしている。
フィンとフルートも元気いっぱいだ。特にフィンは、いつもより鳴き声が美しく聞こえる。フルートも羽毛がより艶やかになったような気がする。
「君たちもマナフラワーの恩恵を受けたんだね」
ピピッ、チュルルルと、二羽とも嬉しそうに鳴いている。
朝食を済ませた後、さっそくマナシードを植えることにした。アリアさんの話では、庭の一番日当たりの良い場所が良いとのことだった。
庭を歩き回って、最適な場所を探す。午前中から午後にかけて太陽がよく当たり、水はけも良い場所。家の南側の、窓から見える位置が良さそうだ。
小さなスコップで、丁寧に穴を掘る。深さは手の平一つ分程度。土も良質で、植物が育つのに適している。
マナシードを手に取ると、昨夜と同じように温かい。まるで小さな心臓が鼓動しているかのような感覚だ。
「大きく育ってね」
そっと土の中に埋め、優しく土をかぶせる。最後に、マナの泉で汲んできた水をかけた。普通の水より効果があるかもしれない。
「1年後にどんな風になるのかな」
フィンとフルートも興味深そうに見ている。二羽にとっても、庭に新しい仲間が増えるようなものかもしれない。
その時、小屋の方へ向かってくる人影が見えた。見慣れない中年の男性のようだ。
近づいてくると、しっかりとした体格で、村長らしい風格を持った人だと分かった。表情は真面目だが、どこか困ったような様子だ。
「ヒナタさんでしょうか?」
「はい、そうですが」
「私はレイナルド。隣村の村長をしています。あなたの評判を聞いて、ぜひ相談したいことがあって参りました」
隣村からわざわざ?相談屋の評判がそこまで広がっているとは驚きだ。
【観察結果】
◆レイナルド村長◆
★★責任感のある指導者
・年齢:45歳前後
・性格:真面目、村民思い
・悩み:井戸水の甘味化問題
・状態:かなり困っている
「どのような相談でしょうか?」
「実は、我が村で奇妙な現象が起きています。井戸の水が突然甘くなってしまったのです」
「甘くなった?」
これは珍しい相談だ。通常、水が甘くなるなんてことはありえない。
「ええ。最初は子供たちが喜んでいたのですが、甘すぎて料理に使えません。洗濯にも適さないし、家畜も飲みたがらないのです」
確かにそれは困った問題だ。生活に必要な水が使えないとなると、村全体の問題になる。
「村人たちは、最初は神様の恵みかと思ったんです。でも、実際に生活してみると、とても不便で困っています」
レイナルドさんの表情から、本当に困っているのが伝わってくる。
「いつ頃から始まったのですか?」
「3日前からです。突然変わったので、村人たちも困惑しています」
「他に変わったことはありませんでしたか?何か工事をしたとか、新しい建物を建てたとか」
「そういえば、同じ時期に村の近くで古い遺跡のようなものが見つかりました」
遺跡?それは関係がありそうだ。魔法的な現象の多くは、古い遺跡や魔法装置が原因のことが多い。
「その遺跡について、詳しく教えてもらえますか?」
「農作業をしていた村人が、畑で古い石造りの構造物を掘り当てたんです。最初は古い建物の基礎かと思ったのですが、よく見ると複雑な模様が刻まれていて」
模様が刻まれている?それは魔法陣の可能性が高い。
「現地を見せていただけますか?」
「ぜひお願いします!」
隣村まで歩いて1時間ほど。道中でレイナルドさんから詳しい話を聞いた。
遺跡は村の東側、井戸から約500メートルの場所にある。農作業中に土の中から石造りの構造物が出てきたという。
「最初は古い建物の跡だと思って、気にしていませんでした。でも、井戸水が変わっ
たのと時期が重なっているので、関係があるかもしれません」
「賢明な判断ですね。古い遺跡には、しばしば魔法的な装置が残っていることがあります」
道中、隣村の様子も観察した。この村は農業が中心のようで、麦畑や野菜畑が広がっている。村人たちの表情は明るいが、確かに困ったような様子も見受けられる。
村に到着すると、まず問題の井戸を調べさせてもらった。
石造りの立派な井戸で、村の中央広場にある。おそらく村の人たちが共同で使っている、重要な水源だろう。
【観察結果】
◆甘い井戸水◆
★★★異常な水質変化
・甘味度:砂糖水レベル
・成分:通常の地下水+高濃度の天然糖分
・安全性:飲用可能だが実用性に問題
・原因:地下の魔法的影響と推測
実際に少し味見させてもらうと、確かに異常なほど甘い。まるで砂糖水のようだ。これでは料理に使えないし、洗濯にも向かない。
「これは確かに困りますね。でも安全性には問題なさそうです」
「そうなんです。体に害はないようなのですが、生活に支障が出ています」
次に、発見された遺跡を見せてもらった。
村の東側の畑の一角に、古い石造りの構造物が一部露出している。土を掘り返した跡があり、複雑な模様の刻まれた石板が見える。
【観察結果】
◆古代遺跡(一部露出)◆
★★★★古代魔法施設
・年代:約200年前
・用途:錬金術実験室と推測
・状態:魔法陣が一部活動中
・影響範囲:半径約1キロメートル
・問題:制御装置の誤作動
観察眼で詳しく調べると、地下にかなり大きな施設があることが分かった。そして、その中の魔法装置が今でも動いている。
「これは錬金術の実験室ですね。魔法陣が誤作動を起こして、周囲の水を糖分に変換している可能性があります」
「錬金術?」
「物質を別の物質に変える魔法技術です。この施設では、おそらく甘味料の製造実験をしていたのでしょう」
古代の錬金術師たちは、様々な実験を行っていた。砂糖が貴重だった時代に、水を甘くする技術を研究していたのかもしれない。
遺跡の中心部に古い魔法陣があり、そこから魔力が漏れ出している。長年の間に制御装置が劣化し、意図しない動作をしているようだ。
「魔法陣を停止させれば、井戸水は元に戻ると思います」
「本当ですか?でも、魔法陣なんて触って大丈夫なんでしょうか?」
「注意深くやれば問題ありません。古代の錬金術師たちは、必ず緊急停止装置を作っていましたから」
地魔法で遺跡の全体構造を調べると、制御用の石板が土の中に埋まっていることが分かった。
「制御装置を発見しました。これを操作すれば安全に停止できます」
村人たちの協力を得て、慎重に土を掘り、古い石板を露出させる。石板には停止用の魔法陣が刻まれていた。
古代文字で「緊急停止」「安全制御」「実験終了」などの文字が読める。錬金術師たちも、安全性を重視していたことが分かる。
「この魔法陣を適切な順序で操作すれば、施設全体を安全に停止できます」
適切な順序で魔法陣にタッチすると、施設全体の魔力が徐々に弱くなっていく。
魔法陣の停止作業には1時間ほどかかった。古代の錬金術は複雑で、一つ間違えば大きな事故につながる可能性があった。慎重に、一つ一つの工程を確認しながら進める。
そして完全に停止した。
地下から聞こえていた微かな魔力の音も消え、遺跡は完全に沈黙した。
「これで井戸水は24時間以内に元に戻るはずです」
「本当にありがとうございます!」
村人たちが集まってきて、口々に感謝の言葉をかけてくれる。
「でも、この遺跡はとても貴重な文化遺産です。王国の研究機関に報告して、適切に保護してもらった方がいいでしょう」
「分かりました。すぐに手続きを取ります」
翌日、レイナルドさんから嬉しい報告があった。朝一番に村まで来てくれたのだ。
「ヒナタさん、井戸水が完全に元に戻りました!本当にありがとうございます」
「良かったです。でも、遺跡の方は貴重な文化財なので、王国の研究機関に報告された方がいいでしょう」
「はい、昨日のうちに手続きを済ませました。近日中に専門家が調査に来る予定です」
「それは良かった。適切に処理していただいて」
相談料として、隣村の特産品である美味しいチーズをいただいた。手作りのチーズで、とても風味豊かだ。
「またよろしければ、相談に乗っていただけませんか?」
「もちろんです。いつでもどうぞ」
レイナルドさんが帰った後、チーズを味見してみる。確かに美味しい。今夜の夕食
に使わせてもらおう。
夕方、家に戻ると、庭に植えたマナシードから小さな芽が出ていた。
「もう芽が出るなんて、本当に特別な種なんだね」
小さな緑の芽が、土から顔を出している。普通の植物の芽とは違い、微かに光っているように見える。
フィンとフルートも興味深そうに芽を見つめている。
これからどんな風に成長していくのか、楽しみだ。アリアさんが言っていたように、僕の心に応じて何か特別なものに育つのだろうか。
今日もまた、新しい問題を解決できた。相談屋の仕事は、いつも新鮮な発見がある。
古代錬金術の遺跡も興味深かった。200年前の錬金術師たちも、現在の僕たちと同じように、より良い生活を求めて研究していたのだろう。
でも何より嬉しいのは、困っている人の役に立てることだ。
一人の時間も大切だが、こうして人とのつながりの中で過ごす時間も、とても価値がある。
夜、星を見上げながら思った。マナフラワー、アリアさんとの出会い、新しい相談事例。確かに、新たな始まりの時期なのかもしれない。
マナシードの小さな芽も、新しい可能性の象徴のように思える。
明日はどんな一日になるだろう?楽しみだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます