芽吹き月の新発見
芽吹き
季節が変わり、森全体が薄緑色に染まり始めた。芽吹き月の始まりは、森全体が生まれ変わる季節だ。前世で感じることのなかった、自然の生命力の高まりを肌で感じる。新芽が一斉に顔を出し、生命力に満ち溢れている。
朝、窓を開けると爽やかな風が頬を撫でていく。空気の匂いも変わった。冬の間の重たい空気から、軽やかで甘い香りに変化している。花々が咲き始める準備をしているのだろう。
「おはよう、フィン、フルート」
ピピッ、チュルルルと、二羽も朝の挨拶を返してくれる。フィンは窓辺で羽繕いをしており、フルートは新しく伸びた枝に止まって気持ちよさそうにさえずっている。
前世の春といえば、新年度の忙しさと花粉症の辛さばかりだった。満員電車の中で桜を眺める余裕もなく、ただ季節が変わったという事実だけを頭で理解していた。
でも今は違う。肌で、鼻で、耳で、季節の移り変わりを全身で感じることができる。これだけでも、この世界に来た価値があったと思える。
今朝は純粋な観察を楽しもうと決めた。最近は魔法の習得や相談屋の仕事に忙しく、ゆっくりと自然を観察する時間が少なくなっていた。
「たまには観察眼を使わずに、五感だけで森を感じてみよう」
フィンとフルートも一緒に、ゆっくりと森を歩く。
魔法を使わずに見る森は、また違った美しさがある。風の音、鳥の声、葉っぱの匂い。すべてが新鮮に感じられる。
足元には、小さな野花が顔を出し始めている。名前は分からないが、白や黄色の小さな花が点々と咲いている。踏まないよう注意深く歩きながら、その可憐な美しさに見とれる。
木々の枝を見上げると、新芽の緑がまばゆい。同じ緑でも、微妙に色合いが違う。若い緑、深い緑、黄色がかった緑。自然の色彩の豊かさに改めて驚かされる。
鳥たちの声も賑やかだ。フィンとフルート以外にも、様々な鳥の鳴き声が森に響いている。恋の季節なのか、いつもより鳴き声が活発で楽しそうだ。
新緑の中を30分ほど歩いていると、見慣れない場所に出た。小さな泉の周りに、美しい花が咲いている。
【観察結果】
◆マナフラワー◆
★★★★超レア植物
魔力を帯びた神秘的な花
開花時期は芽吹き月の新月の夜のみ
花言葉:「新たな始まり」
特性:未知(開花時に詳細判明予定)
「これは...見たことがない花だ」
薄紫色の花びらが幻想的で、近づくと微かに光っているのが分かる。まだ蕾の状態だが、とても神秘的だ。
よく見ると、この花の周りだけ空気が違う。まるで時間がゆっくり流れているかのような、静謐で神聖な雰囲気がある。
フィンが興味深そうに花の周りを飛び回る。フルートも枝から身を乗り出して観察している。でも二羽とも、花には直接触れようとしない。本能的に、これが特別なものだと分かっているのかもしれない。
「君たちも初めて見る花なんだね」
泉の水も不思議だった。
【観察結果】
◆マナの泉◆
★★★魔力源泉
マナフラワーの根から湧き出る清浄な水
飲用可能、軽微な魔力回復効果あり
満月と新月の夜に魔力が最高潮に達する
この泉の水を少し飲んでみると、体の奥から温かい力が湧いてくる感じがした。疲れが取れ、頭もすっきりする。
泉の周りには、他にも珍しい植物が生えている。どれも見たことのない種類だが、どこか神聖で美しい。この場所全体が、特別な力に満ちているのだろう。
しばらくの間、泉のほとりに腰を下ろして静かに過ごした。水の音、風の音、鳥の声。すべてが調和して、自然の交響曲を奏でている。
こういう時間こそが、本当に贅沢な時間なのだと思う。前世では、常に何かに追われていて、こんな風に自然と向き合う時間なんてなかった。
「今度の新月の夜に、この花が開花するのか。楽しみだな」
泉から離れる前に、改めて花の蕾を観察した。よく見ると、蕾の表面に細かい魔法の文様のようなものが浮かんでいる。きっと開花の時には、素晴らしい光景を見せてくれるに違いない。
昼過ぎ、村に戻る途中で村の子供のトムに出会った。
「ヒナタお兄ちゃん、今日はどんな発見があった?」
「とても珍しい花を見つけたよ。今度の新月の夜に咲くらしい」
「すげー!僕も見に行きたい!」
「危険はないと思うけど、お父さんの許可をもらってからね」
子供の純粋な好奇心を見ていると、自分も観察を始めた頃の気持ちを思い出す。
トムと別れた後、今度は村の市場を通った。野菜や果物を売る店主たちが、春の新鮮な食材を並べている。
「ヒナタさん、今日は良い山菜が入ってますよ」
八百屋のおばさんが声をかけてくれる。
「山菜ですか?」
「ええ、今朝採れたばかりの蕨とタラの芽です。春の味覚の代表格ですよ」
山菜も春の楽しみの一つだ。苦味のある山菜は、冬の間に体に溜まった毒素を排出してくれると言われている。
蕨とタラの芽を購入して帰路につく。今夜は山菜の天ぷらにしよう。
夕方、マナフラワーの記録を日記に書いていると、グレンの本棚から関連する資料を発見した。
『マナフラワー観察記録』という薄い冊子だった。
『この花は10年に一度しか咲かない奇跡の花である。
開花時には強大な魔力を放出し、
周囲の生物に様々な影響を与える。
前回開花時(10年前)の記録:
・開花時間:新月の夜、午前0時頃
・継続時間:約3時間
・効果:半径100メートル内の植物成長促進
・副作用:なし(安全性確認済み)
注意:開花の瞬間は神聖なものである。
敬意を持って観察すること』
10年に一度!それは確かに貴重な体験になりそうだ。
さらに読み進めると、興味深い記述があった。
『マナフラワーの開花は、森全体にとって重要な意味を持つ。
この花が放出する魔力は、森の生態系を活性化させ、
新たな命の誕生を促進する。
また、観察者にとっては、魔力の純化と精神的な成長の
機会となる。過去の観察者の中には、開花を目撃した後に
新たな魔法的能力を獲得した者もいる』
新たな魔法的能力?興味深いが、そんな期待は持たない方がいいだろう。素直に、美しい花の開花を楽しむだけで十分だ。
夕食の準備をしながら、今日一日を振り返った。山菜を天ぷらにして、マナの泉の水で炊いたお米と一緒にいただく。
山菜の苦味が春らしく、とても美味しい。フィンとフルートも、調理の匂いに興味深そうに鼻をひくひくさせている。
「君たちは草食じゃないから、お肉を少し分けてあげるね」
二羽とも嬉しそうに小さく鳴いた。
新月まであと3日。楽しみだ。
夜、フィンとフルートと一緒にマナフラワーのことを話した。
「君たちも一緒に見に行こうね。きっと素晴らしい光景だと思うよ」
ピピッ、チュルルルと、二羽とも楽しみにしているようだ。
窓から見える星空も、いつもより美しく見える。もうすぐ新月で月は見えないが、その分星がよく見える。
こんな風に、新しい発見があるから観察は面白い。まだまだこの森には秘密がたくさんありそうだ。
明日はマナフラワーの文献をもっと詳しく調べてみよう。グレンの書斎には、まだ読んでいない本がたくさんある。きっと参考になる資料があるはずだ。
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