風の谷と空中散歩
時間魔法を習得してから3日が経った。
その間、日常生活での実用性を試してみた結果、確かに便利だが魔力の消耗が激しいことが分かった。パンの発酵促進で5分、簡単な掃除の時短で10分は魔力が回復に必要だった。
「やっぱり使いすぎ注意だな」
今朝は風の谷への探索を予定している。魔力地図によると、小屋から南に3km。少し距離があるが、風魔法を習得すれば移動が楽になるはずだ。
「フィン、今日は風の谷に行ってみよう」
ピピッ!
フィンが嬉しそうに羽ばたいた。彼にとって風は馴染み深い要素だろう。フルートも一緒に来てくれる。
朝食後、探索の準備を整える。グレンの魔力地図、魔法道具一式、それに今日は空中での実験も考えているので、安全のためにロープも持参した。
南へ向かう道は、これまでで最も険しかった。徐々に標高が上がり、岩場が多くなってくる。
歩きながら、風に関連する植物を観察してみる。
【観察結果】
ウィンドグラス(★★風感草)
効果:風の流れを可視化する
特徴:風魔法の練習に最適
分布:風の谷周辺、高地に自生
細い葉っぱが風になびいて、まるで空気の流れが見えるようだった。これは風魔法の練習に役立ちそうだ。
2時間ほど飛行すると、突然視界が開けた。
「おお……」
そこは文字通り「谷」だった。しかし、普通の谷とは違う。谷全体に複雑な風の流れがあり、まるで巨大な風の迷路のような光景だった。
【観察結果】
風の谷(★★★★特殊地形)
形成年代:数千年前
特徴:複雑な風流パターン
魔力属性:風系統特化
効果:飛行訓練に最適な環境
谷の中央には、古い石造りの塔が建っている。
【観察結果】
風の塔:古代の修行施設
高さ:約30メートル
用途:風魔法習得・飛行練習
状態:構造安定、登攀可能
「あの塔で風魔法を習得するのか」
谷に降りて塔に近づく。石の階段が螺旋状に塔を囲んでいるが、途中で途切れている場所もある。きっと飛行魔法で移動することを前提とした設計なのだろう。
塔の入り口には、グレンさんのメモが残されていた。
『風魔法習得の心得
1. まず風の流れを理解せよ
2. 自身を風の一部と考えよ
3. 恐怖心を捨て、風を信頼せよ
4. 段階的習得:浮遊→滑空→自由飛行
注意:無理は禁物。落下対策を怠るな。』
「よし、段階的にやってみよう」
まずは塔の1階で基本的な風魔法を試してみる。風の魔石を手に、周囲の風の流れを観察眼で詳しく分析する。
風には目に見えない複雑な流れがあることが分かった。上昇気流、下降気流、横風。それらが複雑に絡み合って谷独特の風環境を作っている。
最初は「浮遊」から始めよう。魔石を握り、自分の体重を軽くするイメージで集中する。
すると——
足がふわりと地面から離れた。
「うおおお!」
ピピピ!
フィンが興奮して飛び回っている。
高度は約50cm。まだ不安定だが、確かに浮いている。3秒ほどで着地したが、これは大きな進歩だった。
「すげぇ……本当に浮けるんだな」
何度か練習を重ねると、1メートルの高度で10秒ほど浮遊できるようになった。慣れてくると、意外に安定している。
次は塔の階段を使って「滑空」に挑戦してみる。2階の窓から谷の風に身を任せる練習だ。
風魔法で体を軽くし、風の流れに逆らわずに身を委ねる。
ふわりと体が風に乗った。約5メートルの距離を滑空して、谷の斜面への着地に成功した。
「これは……気持ちいいな」
鳥になったような感覚だった。フィンとフルートも一緒に飛んでくれて、まるで家族で空中散歩をしているようだった。
段階的に高度を上げて練習を続けると、午後には塔の最上階から谷の反対側まで滑空できるようになった。距離にして約100メートル。
塔の最上階からの景色は息を呑むほど美しかった。
【観察結果】
風の谷全景:高度30メートルからの視点
発見:未知の遺跡群を確認
位置:谷の東側斜面
特徴:石造建築、魔法陣らしき模様
「あれは……遺跡か?」
谷の東側に、これまで気づかなかった石造りの建物群が見えた。魔力地図にも載っていない場所だ。
風魔法で滑空し、遺跡の近くまで行ってみることにした。
着地してみると、そこは古代の居住区のような場所だった。
【観察結果】
古代遺跡群:推定1500年前の建造物
規模:住居20棟、中央神殿1棟
保存状態:良好(魔法保護あり)
発見:魔法文字による碑文
中央の神殿らしき建物に近づくと、古代文字で何かが刻まれている。観察眼で解読してみる。
『風の民の里
ここに住まいし者たちは、風と共に生き、風と共に去りぬ
風の加護を受けし者よ、我らの知恵を受け継がん』
「風の民……古代にこの谷に住んでいた人たちの集落か」
神殿の中を探索してみると、風魔法に関する古い文献が魔法で保護されていた。現代の技術書よりも遥かに高度な内容が記されている。
特に興味深いのは「風の加護」という魔法だった。これを習得すると、常時風に守られ、落下事故などを防げるらしい。
「これは覚えておいた方がいいな」
神殿の奥には、風の魔石よりも格段に純度の高い「風の心臓石」という魔石が安置されていた。
【観察結果】
風の心臓石(★★★★★最高級魔石)
効果:風魔法の威力を5倍に増幅
特殊能力:風の加護自動発動
使用制限:風魔法習得者のみ
「これは……すごい宝物じゃないか」
心臓石に触れた瞬間、体に風の力が宿るのを感じた。まるで常に優しい風に包まれているような感覚だ。
試しに塔まで飛行してみると——
今度は滑空ではなく、完全な自由飛行ができるようになっていた。上昇、下降、方向転換、すべてが思いのままだ。
「これは……もう完全に鳥だな!」
ピピピ!
フィンとフルートも驚いて、俺の周りを飛び回っている。三人で空中を舞うのは最高に気持ちよかった。
夕方近くまで飛行訓練を楽しんだ後、小屋に戻ることにした。今度は飛行で帰ってみよう。
森の上空から見る景色は、地上とは全く違った。鳥瞰図のように森全体を見渡せ、これまで知らなかった小川や清らかな池、隠れた花畑なども発見できた。
「この視点は観察にとって最高だな」
小屋の上空で一度旋回してから着地。完璧な飛行だった。
小屋に戻ると、今日の大冒険を記録した。風魔法の習得により、行動範囲が格段に広がった。これまで歩いて数時間かかっていた場所にも、数十分で到達できる。
夕食は空中で採集した高山植物を使った野菜スープ。普通では手に入らない貴重な食材で、格別な味だった。
夕食後、グレンの研究資料を読み返していると、興味深い記述を発見した。
『風魔法と地魔法を組み合わせることで、空中建築が可能になる。雲の上に浮かぶ別荘なども夢ではない。』
「空中建築……それは面白そうだな」
でも、そのためにはまず地魔法を習得する必要がある。魔力地図によると、大地の洞窟は小屋から北西に2.5km。明日か明後日には探索してみよう。
窓の外では星が美しく輝いている。今日は空から見た星空も楽しめた。地上から見るのとは全く違う、宇宙との一体感があった。
魔力地図を見ると、大地の洞窟の位置が星明かりを受けて光っているのが見えた。まるで次の探索を待っているかのように。
そう思いながら眠りにつこうとした時、小屋の床が微かに振動したような気がした。
それは地下深くから響く、古い魔法の鼓動のようだった。
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