時の大樹と時間魔法

 翌朝、昨夜見た時の大樹の光を思い出しながら目覚めた。

 あの脈動する光は、きっと俺を呼んでいるのだろう。グレンさんの魔力地図によると、時の大樹は小屋から西に2km。今日は絶好の探索日和だった。


「フィン、今日は時の大樹を探しに行こう」


 ピピッ!


 フィンが興味深そうに鳴いた。フルートも一緒に来てくれるらしい。二羽の相棒がいると心強い。


 朝食を済ませ、探索の準備を整える。グレンの魔力地図、基本的な魔法道具、それに念のため昼食用のパンと水筒。

 小屋を出ると、森の朝の空気が頬を撫でた。前世では感じられなかった、本当に清々しい朝だった。


 魔力地図を頼りに西へ向かう。通常の地図では絶対に分からない、隠れた獣道が描かれている。グレンさんの観察眼も相当なものだったようだ。

 歩きながら、道中の植物を観察してみる。


【観察結果】

タイムモス(★★時間苔)

効果:時間の流れを感知する

特徴:近くに時間魔法があると青く光る

分布:時の大樹周辺のみ


「時間魔法に反応する苔か……」


 確かに、歩を進めるにつれて、苔が薄っすらと青く光り始めているのが分かる。時の大樹が近いということだろう。

 1時間ほど歩くと、森の奥で巨大な影が見えてきた。


「あれか……」


 そこには、今まで見たことのない巨大な樹木がそびえ立っていた。


【観察結果】

時の大樹(★★★★★伝説級)

樹齢:推定1000年以上

高さ:約50メートル

魔力属性:時間系

特殊能力:時間の流れを操作する力の中枢


「すげぇ……」


 近づくにつれ、周囲の時間の流れが微妙に違うことに気づいた。鳥の羽ばたきがゆっくりに見えたり、逆に風の流れが早く感じられたり。

 大樹の根元には、石で作られた小さな祭壇のようなものがあった。


【観察結果】

時の祭壇:古代魔法文明の遺跡

用途:時間魔法の修行場

状態:機能中、魔力供給安定

使用法:中央の魔石に手を置いて瞑想


 祭壇の中央には、透明な魔石がはめ込まれている。グレンの日記によると、これが時間魔法習得の鍵らしい。

 恐る恐る魔石に手を置いてみる。


 瞬間、頭の中に映像が流れ込んできた。

 ——大樹の過去。何百年もの歳月が一瞬で駆け抜けていく。種から芽吹き、成長し、巨大な樹木となるまでの時間が圧縮されて見える。


 そして現在。俺が魔石に触れている今この瞬間。


 さらに未来の断片。俺がこの森で過ごす日々の一部が、ぼんやりと見えた。

 手を離すと、時間の感覚が元に戻った。


「時間魔法……これは奥が深そうだな」


 グレンの研究資料によると、時間魔法は段階的に習得するのが安全らしい。まずは「加速」から始めよう。


 基本の魔石を取り出し、大樹の前で集中する。対象は手元の木の実。これの時間を少しだけ加速させてみる。


 観察眼で木の実の時間の流れを理解し、ほんの少しだけ早める。

 すると——


 木の実の時間が3倍速で流れ始めた。通常3日かかる発芽が、わずか3秒で完了する。中の種が芽吹き、小さな芽がぐんぐんと伸びていく。


「おおお!3倍速とは……」


 ピピピ!


 フィンとフルートも驚いている。


 3秒ほどで魔法を解除すると、芽の成長が止まった。普通なら3日かかる変化を、魔法で圧縮したことになる。


「これは……料理とか、いろんなことに応用できそうだな」

 次は「減速」に挑戦してみる。落下する葉っぱを対象にして、時間の流れを遅くしてみる。


 集中すると、葉っぱがふわりと浮かぶように、ゆっくりと落ちていく。まるで水の中を漂っているかのようだった。


「これも面白い……観察に使えるかも」


 時間魔法の基礎を習得した後、大樹の周りをさらに探索してみた。すると、根元の近くに小さな洞窟のような空間を発見した。


【観察結果】

時の洞窟:瞑想・休憩用スペース

特徴:外より時間の流れが3倍遅い

効果:深い休息、魔力回復

前使用者:グレン・ウィザード


 洞窟の中に入ると、確かに時間の流れが遅くなっているのが分かる。ここで1時間過ごしても、外では20分しか経過しないということか。


 洞窟の奥にはグレンさんのメモが残されていた。


『時間魔法習得おめでとう。この洞窟は私がよく使っていた休憩場所だ。

 時間魔法の応用法をいくつか記しておく:

 ・料理の発酵促進(パン、酒、味噌など)

 ・傷の回復加速(生命魔法との併用)

 ・作業効率向上(掃除、修理、製作)

 ・食材の保存期間延長(減速適用)

 ・観察対象の詳細分析(減速で細部確認)

 ただし、使いすぎると魔力を大きく消耗する。1日3回程度の使用に留めることを推奨する。

 次は風の谷をおすすめする。移動魔法を習得すれば、探索範囲が格段に広がるはずだ。』


「なるほど……実用的な応用法がこんなにあるのか」


 メモを読んでいると、お腹が空いてきた。 せっかくなので、ここで昼食にしよう。

 持参したパンに時間魔法を軽く掛けてみる——が、最初の挑戦では魔法が暴走し、パンが一瞬で腐ってしまった。


「うわ、失敗した。時間魔法は繊細なコントロールが必要らしい」


 2個目のパンで再挑戦。今度は慎重に魔力を調整する。すると、パンがふっくらと膨らみ、焼きたてのような香りが漂った。


「成功!まるで焼きたてじゃないか」


 一口食べてみると、確かに焼きたての美味しさだった。時間魔法で発酵を促進し、焼きたての状態に戻したということか。


 昼食後、時の洞窟でしばらく休憩した。外の3倍遅い時間の流れの中で、ゆっくりとグレンの研究資料を読む。


 時間魔法は、他の魔法と組み合わせることでさらに効果を発揮するらしい。生命魔法と組み合わせれば強力な治癒魔法に、地魔法と組み合わせれば高速建築が可能になる。


「7つすべての魔法を習得すれば、相当なことができそうだな」


 でも急ぐ必要はない。グレンさんも言っていたように、自分のペースでゆっくりと習得していけばいい。


 午後、小屋に戻る道すがら、時間魔法の実用性を試してみた。

 汚れた服に時間魔法を掛けると、汚れが付く前の状態に戻せるかもしれない。試してみると——確かに効果があった。ただし、魔力の消耗が激しい。


「これは便利だけど、使いすぎ注意だな」


 小屋に戻ると、フィンとフルートが巣作りに忙しそうにしていた。しかし、フィンが困ったような鳴き声を上げている。どうやら巣の構造が気に入らないらしい。


 よく見ると、巣を支える枝の角度が微妙にずれている。


「フィン、こうしたいのか?」


 時間魔法で枝の成長を微調整する。枝がゆっくりと理想的な角度に曲がっていく。


 ピピピ!


 フィンが満足そうに鳴いた。まるで設計図を共有しているかのような意思疎通だった。フルートも嬉しそうに羽を広げている。


「よかった。これで君たちも快適に過ごせるね」


 夕方、時間魔法を使って夕食の準備をしてみた。野菜の成長を少し促進して新鮮さを増し、魚の塩漬けの時間を短縮する。


 結果、いつもより格段に美味しい夕食ができあがった。


「時間魔法、これは生活に革命をもたらすな」


 夕食後、暖炉の前で今日の記録をつけた。時間魔法の習得により、生活の質が大幅に向上した。でも、魔力の消耗を考えると、本当に必要な時だけ使うのが良さそうだ。


 グレンの研究資料を読み返していると、興味深い記述を発見した。


『7つの魔法を全て習得した者は、この森の真の秘密にアクセスできる。それは、古代文明が残した最大の遺産——時空を超えた観察室だ。』


「時空を超えた観察室……?」


 それは一体何なのか。過去や未来を観察できる場所ということだろうか?

 窓の外では星が美しく輝いている。魔力地図を見ると、次に探索すべき風の谷の位置が、星明かりを受けて薄っすらと光っているのが見えた。


 明日は風の谷を探索してみよう。移動魔法を習得すれば、森の探索がもっと楽になるはずだ。

 そう考えながら眠りにつこうとした時、時の大樹の方角から淡い光が一瞬光ったような気がした。


 まるで「お疲れさま」と言っているかのように。

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