相談屋の初日

 星のほしのひの朝は、いつもより早く目が覚めた。


 今日は記念すべき「相談屋」の初日だ。正直なところ、どんな相談が来るのか少し緊張している。


「大丈夫かなあ、フィン」


 ピピッ!


 フィンが励ますように鳴いてくれた。フルートも一緒に頷いている。相棒たちがいると心強い。


 朝食を済ませ、村への道を歩く。今日の装備は観察道具と、昨日もらった魔法の本。それに村人への手土産として、森で採れた珍しい木の実をいくつか。


 村の入り口に着くと、すでにハロルド村長が待っていた。


「おはよう、ヒナタさん。今日はよろしく」


「おはようございます。よろしくお願いします」


 簡易的な机と椅子を用意してくれていた。看板も手作りで『相談屋 ヒナタ』と書かれている。


「看板まで用意していただいて、ありがとうございます」


「いやいや、こちらこそ。村人たちも楽しみにしているよ」


 最初の相談者は、昨日の農夫だった。


「おはよう!あの虫対策、バッチリ効いたぞ!」


「それは良かったです」


「それで今日は別の相談があるんだ。うちの畑の土が最近元気がないんだよ」

 畑を見せてもらうと、確かに土の色が悪い。


【観察結果】

畑の土:栄養不足

pH値:酸性に傾いている

原因:連作による土壌疲労

対策:石灰と堆肥の投入


「連作で土が疲れてますね。木の灰を撒いて、動物の糞を堆肥にして混ぜ込んでください」


「なるほど!具体的にはどのくらい?」


「畑1坪あたり、握りこぶし大の灰を3つ分と、バケツ半分の堆肥ですね」


「助かる!さすがだな」


 次の相談者は、若い女性だった。


「染め物の相談なんですが……赤い色を出したいんですけど、いい植物はありますか?」


【観察結果発動中……】


「この辺りなら、ルビーベリーの根が最適ですね。森の南側の斜面に生えています」


「ルビーベリー?」


「赤い実をつける低木です。根を煮出すと、鮮やかな赤色が出ます。ただし、採取は

秋の落葉月らくようづきが最適ですね」


「今は萌芽月ほうがづきだから……まだ先ですね」


「代用品なら、クリムゾンクローバーの花びらを試してみてください。薄い赤ですが、きれいな色が出ますよ」


「ありがとうございます!」


 3番目は、子供を連れた母親だった。


「うちの飼い鳥の様子がおかしくて……元気がないんです」


 連れてきた鳥を観察してみる。


【観察結果】

グリーンフィンチ:健康状態やや不良

症状:羽艶の悪化、食欲不振

原因:ビタミン不足、運動不足

推奨:青菜の給餌、飛行時間の増加


「ビタミン不足ですね。青菜——小松菜のような葉物を与えてください。それと、もう少し自由に飛ばしてあげると良いでしょう」


「青菜……分かりました!」


 子供が目を輝かせて聞いてきた。


「おじさん、どうして鳥のことがそんなに分かるの?」


「観察が好きだからかな。君も鳥を観察してみる?」


「うん!」


 しばらく鳥の観察方法を教えてあげた。子供の純粋な好奇心を見ていると、自分の幼少期を思い出す。


 午前中だけで5件の相談を受けた。どれも観察眼があれば簡単に解決できるものばかりだった。


「お疲れさま」


 ハロルドが茶を持ってきてくれた。


「村人たちも喜んでいるよ。これまでこんな専門的なアドバイスをくれる人はいなかったからね」


「いえ、俺も楽しいです。観察の対象が増えるのは嬉しいことで」


「そうそう、君に渡したいものがある」


 ハロルドが取り出したのは、古い羊皮紙だった。


「これは?」


「グレンさんが残した地図の一部だよ。地図は王国が厳しく管理しているから、普通は手に入らない。でも、グレンさんは王国公認の地図製作者だったらしい」


 地図を見ると、この地域の詳細な地形が記されている。通常の地図とは違い、魔力の流れのようなものも描かれているのが興味深い。


「こんな貴重なものを……」


「グレンさんなら、君に託すことを喜ぶと思う。それに、君なら地図を有効活用してくれるだろう」


 午後の相談も順調に進んだ。体調を崩した家畜の診断、害虫駆除の方法、薬草の見分け方など、どれも観察眼と前世の知識を組み合わせれば対応できた。


 報酬は現金ではなく、物々交換だった。新鮮な卵、手作りのパン、上質な毛糸、薪など、生活に必要なものばかり。この村での理想の距離感だった。


「今日はありがとうございました」


 最後の相談者を見送り、片付けを始める。


「ヒナタさん」


 ハロルドが声をかけてきた。


「今日の様子を見ていて思ったんだが、君は本当に観察が好きなんだね」


「はい。一人の時間に何かを詳しく観察している時が、一番落ち着きます」


「分かる気がするよ。私も若い頃は、一人で釣りをしている時間が好きだった」


 村長も同じような感覚を持っているらしい。


「来週の星のほしのひも来てくれるかな?」


「もちろんです」


 小屋への帰り道、今日のことを振り返った。村との関わりを持ちながらも、自分のペースを保てている。押し付けがましくなく、適度な距離感。これが俺の求めていた人間関係かもしれない。


 小屋に戻ると、フィンとフルートが出迎えてくれた。


「ただいま。今日は良い一日だったよ」


 獲得した物資を整理していると、グレンさんからもらった地図が目に留まった。よく見ると、魔力の流れが示されている場所がいくつかある。


「これは……魔法の研究に使えるかもしれない」


 魔法の本と地図を見比べていると、興味深いことが分かってきた。地図に記された


「魔力溜まり」のような場所が7つある。


「7つ……昨日本に書かれていた『森の7つの秘宝』と関係があるのか?」


 明日は時間をかけて、小屋をもっと詳しく調べてみよう。きっとグレンさんは、もっと多くの秘密を残している。


 夕食後、暖炉の前で今日の記録をつけた。相談屋としての初日は大成功だった。そして、新たな謎への手がかりも見つかった。


 魔法を習得できれば、生活がもっと便利になるかもしれない。でも焦ることはない。自分のペースで、ゆっくりと理解していけばいい。


 窓の外では星が美しく輝いている。星のほしのひの夜に相応しい光景だった。


 ふと、壁の謎の文字と鍵穴を見る。『観察者よ、汝が来るのを待っていた』——もしかすると、明日ついにその意味が分かるかもしれない。


 そう思いながら眠りにつこうとした時、グレンさんの地図の一角が、月光を受けて淡く光ったような気がした。

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