村への初訪問

 転生から一週間が経った。その間、小屋を住みやすく改装し、周辺の森も大分把握できるようになった。食料の調達ルートも確立し、生活リズムも整ってきた。


 しかし、いくつか必要なものがある。塩や調味料、より丈夫な布、そして何よりも情報だ。この世界のことをもっと知るためには、人里に出る必要がある。


「今日は村に行ってみようか、フィン」


 朝食を終えて片付けながら、青い相棒に話しかける。フィンは軽く羽ばたいて応える。彼もフルートとの巣作りに忙しいらしく、最近は昼間に姿を見せることが少なくなっていた。


「少し留守にするけど、ちゃんと戻ってくるからね」


 小屋を出る前に、持って行くものを確認する。これまで集めた珍しい木の実や薬草、それに自作の籠。物々交換で何か有用なものと交換できるかもしれない。


 森を抜けて人里へ向かう道は、観察眼があれば迷うことはない。道中で様々な発見もあった。

 1時間ほど歩くと、開けた場所に出た。そこには小麦畑が広がっている。


【観察結果】

小麦畑:魔力栽培による

成長速度:通常の1.5倍

品質:優秀

収穫時期:萌芽月ほうがづき末頃


「魔力で栽培してるのか。すげぇな」


 この世界では魔法が農業にも活用されているらしい。前世では考えられない光景だった。

 畑の先に、こじんまりとした村が見えてきた。木造の家々が並び、煙突からは煙が立ち上っている。のどかで平和な村だった。


 村の入り口で、初老の男性に出会った。


「おや、見慣れない顔ですね。旅の方ですか?」


「はい。遠くから旅をしてきたのですが、このあたりで迷ってしまって……森の奥に使われていない小屋を見つけたので、そこを使わせてもらっています」


「ああ、グレンさんの小屋ですね。あそこならもう何年も空き家でしたから。私はこの村の村長をしているハロルドと申します」


「ヒナタです。よろしくお願いします」


 ハロルドは人の良さそうな笑顔を浮かべた。


「グレンさんは不思議な力を持った人でね、この辺りの森や山を知り尽くしていた。薬草師だったんですが……5年前に亡くなってしまって」


「そうだったんですね」


 やはり前の住人は何らかの特殊な能力を持っていたのか。


「ところで、何かお探しのものがあれば、マーサの雑貨屋をのぞいてみてください。村の中心にありますから」


 ハロルドの案内で村を歩くと、確かに中央に雑貨屋があった。


「マーサさん、こちら新しく村に滞在することになったヒナタさんです」


「あら、お疲れさま!遠くから来たのね」


 マーサは40代くらいの快活な女性だった。店内には様々な生活用品や食料品が並んでいる。


「何かお探しのものはある?」


「塩と調味料、それに布があれば」


「あるわよ!それと……」


 マーサが壁に掛けられた奇妙な図表を指差す。


「これは何ですか?」


「ああ、それは暦よ。この世界の月や日の数え方が分からないでしょう?」


 確かに、この世界の時間の流れについてはよく分からなかった。


「予備があるから、あげるわ」


 マーサが取り出した暦を見ると、1年は12ヶ月で、それぞれに独特の名前がついていた。


 萌芽月ほうがづき(春の始まり)

 芽吹きめぶきづき(春本番)

 若葉月わかばづき(晩春)

 青嵐月せいらんづき(初夏)

 燃陽月ねんようづき(盛夏)

 熟成月じゅくせいづき(晩夏)

 収穫月しゅうかくづき(初秋)

 紅葉月こうようづき(秋本番)

 落葉月らくようづき(晩秋)

 霜降月そうこうづき(初冬)

 氷結月ひょうけつづき(厳冬)

 静寂月せいじゃくづき(晩冬)


 そして1週間は7日で構成され、それぞれ光のひかりのひ、水のみずのひ、風のかぜのひ、土のつちのひ、木のきのひ、獣のけもののひ、星のほしのひと呼ばれている。


「木のきのひに市が立つのよ。星のほしのひは休日ね」


「ありがとうございます」


「それと、これも持ってって」


 マーサが差し出したのは、一冊の本だった。


「魔法の基礎って書いてあるわね。グレンさんが村に預けてたのよ。魔法の本なんて、普通は王都の図書館や魔法協会でしか見られないわ」


「こんな貴重なものを……」


「グレンさんがきっと喜ぶわ。小屋の新しい住人が魔法に興味を持ってくれるなら」


 本を受け取りながら、グレンという人への興味が更に湧いてきた。

 買い物を済ませていると、困った様子の男性が店に入ってきた。


「マーサさん、また例の虫が大量発生してるんだ。畑の作物が……」


「あら、大変ね。でも私に聞かれても……」


 困っている様子を見て、つい声をかけてしまった。


「どんな虫ですか?」


 男性は振り返る。


「ああ、すまない。畑に変な虫がついてね」


「変な虫?」


「そうそう!赤と黒のシマシマで、めちゃくちゃ葉っぱ食うんだ。村長に相談しようと思ったんだけど……」


「葉の表面だけを食べて、葉脈を残しますか?」


「そうだ!知ってるのか?」


「それなら対策も簡単ですよ」


「マジで!?」


 男性の目が輝いた。


「その虫は朝露に弱い性質があります。早朝に畑に水を撒けば、すぐにいなくなりますよ」


「なるほど!そんな方法があるとは」


 男性は村長や村人に向かって叫んだ。


「村長、この人すごいぞ!葉食い虫の対策を教えてくれた!」


 ハロルドが驚いた顔で近づいてきた。


「本当ですか?」


「ええ、動植物の研究が趣味なんです」


「それは素晴らしい!実は他にも困っていることがあるんです」


 そこから、村人たちの様々な相談が始まった。病気の家畜の原因、染め物に使える植物、ペットの鳥の行動について……観察眼があれば、どれも簡単に答えることができた。


 気がつくと、村人たちが俺の周りに集まっていた。


「こんなに詳しい人は初めてだ」


「いや、動植物のことを観察するのが好きなだけです」


「観察……」


 ハロルドがしばらく考えて、提案した。


「ヒナタさん、『相談屋』にならないか?」


「相談屋?」


「この村には獣医も薬師もいない。でも君の知識があれば、村人の困りごとを解決できそうだ」


「いや、そういうわけじゃない。週に一度か二度、村に来てくれればいい。それか相談のある人が訪ねるようにするさ」


 確かに悪い話ではない。完全に孤立するのも問題だし、適度に社会と関わりを持つのは重要だ。


「分かりました。星のほしのひに、村の入り口で『相談屋』を開くということで」


「星のほしのひなら休日だし、ちょうどいいね」


 こうして、俺の新しい仕事が決まった。


 村人たちとの交流を終えて、小屋に戻る道すがら、今日のことを振り返った。適度な距離感を保ちながら村と関わりを持てるのは理想的だ。


 小屋に着くと、フィンとフルートが出迎えてくれた。


「ただいま。今日はいろいろあったよ」


 獲得した物資を整理しながら、魔法の本をめくってみる。基礎的な内容だが、興味深いことが書かれている。


「よし、魔法を使えればやれることが格段に増えるかもしれないぞ」


 魔法を習得できれば、生活がもっと便利になるかもしれない。明日からは相談屋の準備と、魔法の勉強も始めよう。


 夕食後、暖炉の前で今日の出来事を記録した。新しい世界での人とのつながり、そして新たな可能性への扉が開かれた一日だった。


 窓の外では星が輝いている。星のほしのひにちなんで名付けられた休日。その日に『相談屋』を開くことになったのも、何かの縁かもしれない。


 ふと、壁の謎の文字を見る。『観察者よ、汝が来るのを待っていた』——もしかすると、相談屋という役割も、何か大きな流れの一部なのかもしれない。


 そんなことを考えていると、魔法の本のページが風もないのにめくれた。

 そこには『森の7つの秘宝』という章題が書かれていた。

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