(24)スカーフ選び

 三人は、「姉二人、弟一人」のようだったので、自然に、女性向けの店中心に回ることになった。チェーン店の洋服店などに行くと、今の時期だと、夏物は終わって、秋冬物が出回るころで、アヤミとアズサは一通り、売っている衣類を見て回る。あまり洋服関連のおしゃれには興味のないヨウスケは、半ばしかたなく姉たちの後ろについていくようであったが、時々、

 

 「お姉ちゃん、これどうや?」

 

とか、

 

 「アヤミさん、それ似合うてるよ」

 

など、二人の選択に参加するようになった。そのうち、

 

 「お姉ちゃん、その色だと、上はこっちやろ」

 

とか、

 

 「アヤミさん、この靴似合いそうやで」

 

などとも言うようになった。アズサとアヤミは、ちょっと驚きながらも、自分たちから見てもなかなか良いセンスだな、と思うようなヨウスケのコメントに意外さを感じていた。

 

 「ヨウスケ、あんたセンスええやんか。どうした? 彼女でもできたか?」

 

 アズサが冗談ぽく聞く。

 

 「彼女はできひんけど、なんとのう、色の組み合わせとかは分かる気がする。オレ、アニメばっか見てるからちゃう?」

 

と、真面目に答える。

 

 「彼女作る方が大事やろ」

 

 アズサが突っ込むが、確かにアニメの登場人物の服装などよく見ていれば、女性の洋服の色遣いなどにも気が付くのかもしれない。そのやりとりを聞いていたアヤミが今度は、

 

 「ヨウスケ、ウチのスカーフとか見てくれん?」

 

と、ヨウスケに見立ててもらうような言い方をはじめた。おまけにとうとう「ヨウスケ」と、呼び捨てになっている。ヨウスケは、呼び捨てになったことも気づかず、

 

 「ええよ」

 

と、こちらもまるでアズサの上の姉に対するような態度であった。アヤミが、スカーフ売り場を探して、ヨウスケがいくつか見て回る。これだと思ったものをアズサにあてがってみる。

 

 「これええと思うけど、どお?」

 

 ヨウスケがアヤミにあてたものは、茶系のグラデーションがかかった地に、白抜きで、十返舎一九の東海道中膝栗毛の挿絵が描かれているスカーフだった。

 

 「これ? これ、東海道中膝栗毛やん。うち、十返舎一九似合うんか?」

 

 アヤミがヨウスケの意外なセンスに驚く。

 

 「イラストの前に、まず色がきれいやん。アヤミに似合う思う。東海道中膝栗毛やったら、大津も通るし、かっこええやん」

 

 「ヨウスケ、ありがとう、なんかこれホンマええね。ウチ、これ今日買ってしまおうかな」

 

 「うん、ウチもこれアヤミに似合うと思うわ。ヨウスケさすがやね」

 

 アヤミはヨウスケが選んだスカーフを買った。そのあと、三人で、空きはじめたカフェに入る。

 

 「さっきのスカーフ、見せて」

 

 ヨウスケがアヤミに言う。アヤミもうれしそうに、

 

 「うん、見てみて」

 

 と、今買ったスカーフを襟足に当ててみる。

 

 「あ、やっぱり似合うわ。今日の服にぴったりやん」

 

 本当に今日のアヤミの服にスカーフが似合うので、アズサも、ちょっと驚いていた。

 

 「ところで、オレ、さっきいっこウソつきました。なんでしょう?」

 

 ヨウスケがニコニコしながらアヤミとアズサに問いを出す。

 

 「え、なに、ウソてなによ」

 

 アヤミが、ちょっと驚いた表情で、しかしうれしそうに聞き返す。

 

 「このイラスト、東海道中膝栗毛とちゃうとか?」

 

 アズサも聞き返す。

 

 「違います」

 

 ヨウスケが正解を言う。

 

 「東海道中膝栗毛の弥次さん喜多さんは、近江の国は通らんかってん」

 

 「えー、ホンマ?」

 

 アヤミが聞き返す。

 

 「弥次さん喜多さんは、名古屋からお伊勢参りして、そのあと奈良の方から京都に出るんで、大津も琵琶湖もスルーしてん」

 

 「なんでそんなん知っとるん?」

 

 アズサが、出版社に勤めている自分も知らなかったことを、弟が知っているということがちょっと意外な感じで尋ねる。

 

 「常…」

 

 「…識な。はいはい。アハハ」

 

 ヨウスケが、富士山のポテトチップの袋が膨らんだ時と同じ答えをするのが分かったアズサは、ヨウスケが全部を言い終わらないうちに、答えの後ろ半分を先回りして、一矢報いたつもりになった。

 

 「ヨウスケ、ホンマよう知ってるね。センスもええし、ウチ、尊敬するわ」

 

 アヤミが、ヨウスケのことを素直にほめる。もう、呼び方も含めて、完全に姉弟という雰囲気である。

 

 「アヤミにそんなん言われると、オレ、照れるいうより、うれしくてかなわん。ホンマ、マジで言うてくれとる?」

 

 「ホンマホンマ。ウチ、知らんことばっかやし」

 

 さすがにそれは言い過ぎだろうと、アズサが突っ込む。

 

 「アヤミ、なに言うとるん。イヤミか」

 

 三人は、こんな他愛もない話をして、時間を過ごしていた。まだ日は高かったが、午後もだいぶ時刻が過ぎたので、とりあえずここで解散、ということになり、カフェを出る。精算は、アヤミが行った。

 

 「ええの。二人はウチが呼んだんやから、おごらせて、な。めちゃ楽しかったよ」

 

 「ホンマええの?」

 

 アズサが申し訳ない様子で聞く。

 

 「ごちっす」

 

 ヨウスケは、すっかり「上の姉」におごってもらう弟のような礼を言った。

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