(15)富士登山計画

 アズサには、三歳下の弟がいた。彼はアズサが通った大学と同じ大学の三年生である。姉がその大学に入った時は高校一年生だったが、姉が大学で自分のやりたい勉強をする姿を見ているうちに、自分も姉と同じ大学に入学したくなり、とうとう本当に姉と同じ大学に入ってしまった。そして、自分が入学したときにはまだ姉も大学四年生だったので、姉の住んでいる、大学そばのアパートに一緒に住むことになった。

 

 アズサの住んでいる山梨のアパートは、家賃が安い割には二部屋あり、弟が来ても対応できた。この姉弟は、平均的な姉と弟から見ると、かなり仲が良い、いや、お互い自分が好きなことをやっていれば満足、というタイプだったので、大学生になっても、特に問題なく姉弟で暮らしていた。

 

 さらに、生まれつきのんびり屋であるアズサは、現在の会社に就職する時に、朝早い電車に乗れば、今住んでいるアパートから通勤できることを知り、「引っ越しが面倒くさい」と、大学を卒業してからも弟と一緒に暮らしていた。弟は今、大学三年生だから、あともう一年は一緒に住み、弟が大学を卒業したら、それぞれ就職先のそばに別々に住むようにすればいいと考えていた。

 

 弟の名前はヨウスケと言った。琵琶湖のほとりで生まれ育ったアズサが富士山を一目見て気に入ってしまったのと同じく、ヨウスケも富士山のそばの大学に通うことに満足していた。そんなヨウスケが、一年前の夏、急に「富士山に登りたい」と言いだした。アズサとヨウスケは、実家の両親合わせて四人家族だが、これまで誰も富士山に登ったことがない。

 

 ヨウスケもアズサも、富士山を好きになったからこそ今の大学に進んだのに、一度も登ったことがないことには、特にヨウスケは多少引け目のように思っていた。それで、ヨウスケは、以前の夏休みの帰省中に、父親に富士登山を持ちかけていたのである。父は、自分も子供たちも、登山などほとんどしたことがないので、少し体力をつけて、今年登ろう、と提案していた。母親は登山にはまるで興味がなく、今回の富士登山は辞退したが、残りの、父、アズサ、ヨウスケの三人で、今年の夏休みに富士登山をすることになっていた。

 

 アヤミの希望は、アズサたちの家族の富士登山とちょうど重なった。アズサは、姉のように感じていたアヤミだったら、一緒に富士に登ってもいいかな、と感じた。アズサはノートPCに映っているアヤミに言った。

 

 「あの、家族に聞いてみます。多分大丈夫やと思います」

 

 その日アズサが帰宅すると、先に帰っていた弟のヨウスケに、富士登山のことを切り出した。ヨウスケは、

 

 「え、お姉ちゃんの仕事の人と一緒に? 誰?」

 

と、当然に不審がる。アズサは、その人がアヤミであると話した。アズサが勝部あやみと仕事をしているというのは、ヨウスケも聞かされていた。もちろん、アヤミがハンバーガー百個食べ、京都卓越科学大学という超難関大学に入学して、おまけに文学賞も取ったスーパーガールだ、というのはヨウスケも知っていた。

 

 「え、あの勝部あやみ? ハンバーガーでキョウタク行って、文学賞の? ホンマ? オレ、サイン欲しい」

 

 「だから、サインやなくて、勝部先生本人と富士山に登りたいんか、登りたくないんか、や」

 

 「登るん一択やないか」

 

 ヨウスケは、一緒に登るのが勝部あやみであると聞いて、逆に大歓迎になった。アズサは一安心したが、あとは父母に意向を聞かねばならない。早速実家の父に電話すると、「アズサの仕事先で友達なら大歓迎」と、アヤミが友達であるような受け取り方で快諾した。母親にも話すと、

 

 「ああ、あのハンバーガーの子。今は作家さんなんや。ええよ、記念いうか、そんなすごい人と富士山登れるなんてすごいやん。行っといで」

 

と、これも快諾であった。

 

 アズサはアヤミが富士登山できる体力があるかどうかの心配をする必要があったが、多分、スーパーガールのアヤミだから、いざとなったらどうとでも解決するのだろうと、よく分からない当て推量をして、アヤミにSNSで連絡する。もう、友達とのやりとりのようで、「オーケー」を「おけ」と略す。

 

 「富士山おけ」

 

 すぐに返事が来た。

 

 「GJ」

 

 グッドジョブ、「よくやった」という略語だった。

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