(13)アヤミの帰途

 アヤミは、この駅からJRに乗って東京駅まで行き、新幹線で帰るという。とはいえ、「遅刻魔」のアヤミは、指定席などは取っていなかった。「書きおろし小説の先生」なら、グリーン車でも乗せてもらえそうだったが、せっかく指定席を取っても、乗り遅れると意味がない。なので、始発の東京駅からなら自由席で十分、と、切符もまだ買っていなかった。

 

 「アヤミさん、何時の新幹線ですか?」

 

 アズサも、アヤミが自由席で帰ることは知っていた。それでも何時ごろの電車にするかは聞いておきたかった。

 

 「今日中。アハハハ」

 

 アヤミはやはり、一般と比べると、本当に自分の時間で生きているらしい。アズサは、仕事と時間に追われて苦労している自分の生活とアヤミの生活を比べて、心の中でちょっと天を仰ぐ気持ちになった。とはいえ、あまり駅前で粘っていても、アヤミの今日の帰りが遅くなる。二人は、昼前に軽い食事をして、カフェを出た。駅に上がって、アヤミが帰りの切符を買い、改札の前まで来ると、アヤミから、

 

 「今回はホンマおおきにね。ウチ、ホンマ楽しかったわ。こんな取材旅行はじめて。これからもよろしうね」

 

と、感謝の言葉が出た。アズサも、

 

 「いえいえ、ホンマにこちらも勉強になりました。本が出るまでは、ウチ、ずっと副担当ですから、よろしうお願いします」

 

とお礼を言う。

 

 「うん、ホンマ、これからもよろしうね」

 

 「はい、お気いつけてお帰りください」

 

 「うん、アズサちゃんも気いつけてな。またこっちに寄せてな」

 

 「はい、待ってます。よろしうおねがいします」

 

 アヤミは改札に入ってからも二、三度振り返ってアズサを見、手を振りながらホームへの階段を下りていった。

 

 アズサが会社に戻ると、部長が、

 

 「お疲れ様。大変だったね」

 

と声をかけてくれる。

 

 「いえ、なんかワタシも、本当に勉強になりました。副担当にしていただいてありがとうございます」

 

 「うん、川途流さんの勉強にもなるなら一番いいね。勝部先生の締め切りは秋だから、それまで副担当よろしくね。週一、二回は、勝部先生と連絡取ってね。私も時々リモート会議とか出るから」

 

 アヤミは、その日の夕方、無事に自宅に着いた。まだ会社にいたアズサに、SNSで、

 

 「いま帰宅」

 

とメッセージが来る。もうほとんど友達感覚のようだった。アズサもうっかり、

 

 「り」

 

と一文字打つ。友達同士で使う、「了解した」という意味の省略形だ。さすがにくだけすぎと思ったのか、アズサは「り」のあとに続けて、

 

 「リモート会議よろしくおねがいします」

 

と別の言葉に直した。すぐにアヤミから返事が来る。

 

 「リモート会議いつ?」

 

 「曜日決めますか?」

 

 「ええよ」

 

 「アヤミさんの都合で決めてください」

 

 「月木」

 

 ここでアズサはうっかりまた、「り」と送りそうになった。あわてて書き直し、

 

 「リクエストありますか 時間」

 

と打つ。

 

 「十五時?」

 

と返事が来る。

 

 「遅刻大丈夫?」

 

 アズサが、当然の心配をする。

 

 「家におるから大丈夫 電話して」

 

 「り」

 

 やっぱり、アズサは省略形を使ってしまった。

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