(11)アヤミの帰りぎわ

 アヤミの取材は予定通り終わった。十日間の滞在で、アズサの会社のある市やその周辺の山や川、街中の様子、人々などを見て回り、商家や地元の大地主なども回って話を聞いた。アズサの出版社の紹介で、市役所の観光課にも行ってみた。

 

 その間、アズサはほぼずっとアヤミについていった。文字通り「取材の助手」という役目であったが、自分でも、アヤミと取材先とのやり取りを細かくメモして、編集作業のときに役立てようと思っていた。地下壕のトンネルで写真を撮った時のように、アヤミの指示で写真を撮ったり、自分の目についたものもできるだけ撮影した。

 

 「アズサちゃん、よう写真撮りよるなぁ。もう何枚?」

 

 取材の後半にアヤミが尋ねた。

 

 「えーと、もう千枚ぐらい撮ってます」

 

 「カメラマンみたいやな。後で見せてな」

 

 アヤミは、ちょっと驚いたような、あるいは熱心なアズサに頼もしさを感じているような、そんな表情で答えた。

 

 十日間の日程が全て終わって、アヤミが取材を終えて帰る日、アズサはやはりアヤミの泊まっているホテルのロビーに来ていた。今日はアヤミにとっては仕事がないので、そのまま帰ればいいのだが、アズサに見送ってもらいたいと、前の日にアヤミから連絡が入った。アズサも、単に見送りだけと思ったが、アヤミはSNSで、

 

 「明日午前中 仕事にならん?」

 

と送信してきた。つまり、午前中ぐらいは、駅前の喫茶店にでも入って、アズサと一緒に過ごしたいので、それを仕事ということにしてほしい、ということである。

 アズサももちろん、アヤミと一緒にいる時間が楽しかったし、実際、最後の日でも、これまで打合せで漏らしていた細かいことなどの確認ができるので、一挙両得の案に思えた。

 

 「アヤミさん、やっぱ賢いな」

 

 アズサはアヤミの案に感心して、かつ最後まで一緒にいられることを喜んだ。早速、部長に、

 

 「明日、勝部先生を駅までお見送りするつもりだったんですが、勝部先生から午前中、細かいチェックをしたいとご連絡がありまして、昼まで外勤してよろしいでしょうか?」

 

と尋ねる。部長は、文字通り二つ返事で、

 

 「あ、はいはい、いいよ、行っといで。この十日間がんばったね」

 

 快諾とねぎらいの言葉をもらったが、そのあと、

 

 「『多摩土木』の九月号と、『マンガで分かる宇宙エレベーター』もよろしくね」

 

と、他の仕事の念押しも忘れなかった。「多摩土木」の方は、まだ「地面にくっついている」ような分野だから、文系で社会学専攻のアズサも何とかなるかと思っているのだが、「宇宙エレベーター」は皆目分かる気がしない。そもそも、「天体力学」とか「脱出速度」、「運動方程式」など、初めて聞くような用語が現れていて、どうしたらよいか途方に暮れかけていた。アズサは、しかたなく、というより、半ばラッキーだと思いながら、

 

 「アヤミさんに聞いてみよ。ロボット工学出身ならなんか知ってはるやろ」

 

と、いつもののんびり屋の構えで社屋を出た。

 アヤミの泊まっているホテルのロビーに着くと、当然のようにアヤミはまだいない。この十日間ほど、アヤミがいつもロビーで小一時間待っているのを見ているフロント係の女性が、「毎回待ち合わせご苦労様です」というような笑みで軽く会釈をした。

 

 アヤミは、今日は珍しく、待ち合わせの時間に二十分ほど遅れただけでロビーに現れた。十日前に初めて会った時に着ていた、明るい色のワンピース姿であった。

 

 「おはよう」

 

 「おはようございます。今日で終わりですね」

 

 「うん、長い間おおきにね。アズサちゃんについてもろて、ホンマ助かったわ」

 

 お礼と挨拶が混ざったやり取りをして、チェックアウトする。アズサはアヤミの宿泊代を会社のカードで精算して領収書をもらい、二人でそのまま歩いて駅に向かう。駅前のカフェに入って、二人で窓際の席に座った。

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