第六話『ラビリンス・ネットワーク』

 こうして『ウラードの樹海』の異変を治めたエリックこと勇者エドワード。だが、この件に関して腑に落ちない点がある。



 確かに異なる地区の強豪や魔物が紛れることはあるにはある。だが、力量、質量に応じて、その可能性は比例して低くなる。



 つまり強者や大型のモンスターが別地区に転送されることはあまり考えられる事例ではない。



 特にベヒーモスクラスの怪物モンスターが人里に現れるのは、異常どころの騒ぎではない。今回はエリックが事を治めたが……。



 こういう時は『専門家』に頼るのが一番だ。その『専門家』とは?エリックは学生街の職員寮を訪れていた。



「……何でこんなところにいるんですか?エイブラムス先生」

「……人生、どう転ぶかなんて誰にも予見できないよ」



 エリックは珍しい顔見知りを見て、違和感を抱く。エイブラムス先生もこんな遠くまで飛ばされるはずがない実力者。



 この『迷宮学園』の転移魔術にほころびが出ている。そして、ほころびというものは、放っておくと必ずそれを瓦解がかいさせる。



「話というのは……と、いうか『ラビリンス・ネットワーク』の使用許可を頂きたいのですが」



『ラビリンス・ネットワーク』



 この『迷宮学園』の情報は、中央の学園情報管理棟に集められる。そして、それを学園内で共有できるシステムだ。



 このシステムは応用も出来、例えば遠くにいる者とも情報の共有ということでやり取りもできる。



 しかし、そのシステムを使用できる場所はごく限られており、そして使用できるのは極めて信頼を得ている者のみ。



 今回はこの近隣でシステムにアクセスできるのは、この職員寮のみ。そしてエリックの人間性は皆、熟知している。



 そういう点ではエリックは条件を全て満たしている。今回、エリックがアポイントを取りたい人物とは。



「クレア女史に繋いでほしいのですが」

『お断りします』



 その場にいた数十人の職員寮の従業員が即座に声を合わせ、拒否をした。エリックもまあ、予測はしていたが。



「……確かに。私がここまで遠方に飛ばされたのは意外でした。しかし、それはそれ、これはこれです」



 あの誠実がスーツを着て歩いているような、エイブラムス教師の表情が明らかに怪訝けげんになっている。



「……皆さんのお気持ちは分かります。ああ……皆さんだからわかると言った方がいいですか?」



 そう。『クレア教室』の教師クレアは、この世で最も厄介な存在である。彼女は稀代のトラブルメーカーなのだ。



 彼女のこれまで起こした問題は、国際レベル……いや、世界レベルの大問題ばかり。



 だが、彼女の行動は全てが許される。……いや、抑止できないと言えるか。罰せられるものなら、とっくに罰している。



 それが出来ない理由。それは至極しごく、単純明快。



 彼女が誰よりも『強い』から。ただそれだけである。



 世界最強の魔術師『堕天』のクレア。彼女を超える魔術師は過去にも未来にも存在しないだろう。



 彼女の素性を知る者はごくわずか。エイブラムス教師ですら、彼女の経歴は存じていない。だが、恐ろしさは彼にも分かる。



「彼女に頼らなければならない案件ですか?まだ、中央魔道研究所で対処できるんじゃ……」



 エイブラムス教師の意見はもっともだった。過去、この『迷宮学園』で起こった事案に対して見れば、それほどとは。



 だが、エリックは油断していない。何故なら、今回の件は作為的なものを感じていたからだ。



 まあ……何がどう転ぼうと、彼がコンタクトを取ることを妨げられる地位の者は、この場にいない。



「……仕方ないですね。では、こちらについて来て下さい」



 エリックは職員に連れられ、地下五階の小部屋に案内された。ここは創立間もない時に設立されたので、大仰ではない。



 職員は手馴れた手つきで中央の魔道球を『クレア教室』につなげた。ちなみにこのシステムを個人で所有できる人物は、そうはいない。それだけで、クレア教師の権力が分かる。



 クレア教室の『ラビリンス・ネットワーク』に接触が成功する。そして空中のビジョンに人影が映し出された。



「そろそろ、コンタクトがある頃だと思ってました。でもまさかエドワードさんだとは」



 しかし、応対に出た人物はクレア教師ではなかった。目の前のビジョンには一人の青年が映っている。



「久しいね、アディン君。……やはり彼女は出ないか」

「すみません。先生には後でキツく言っておきますので、どうかご勘弁を。今回は学園の転移魔術の異常の件ですよね?」



 クレア教師の生徒にして、助手を務めている青年アディン。彼はかゆい所に手が届く点では、右に出る者はいない。



「こちらでも異常は観測しています。予測はされていたものかと思いますが、これは……未曽有みぞうの大事件です」

「やはり」



 エリックは神妙な面持ち。そして、クレア教室も異変を察知していたのは、流石さすがと言わざるを得ない。



「この事は他言無用にお願いします。それ程デリケートな……」



「あ、エドさんだ!!わーい!!お久しぶりです、エドさん!!元気ですか?ちょっと皆!!珍しい人が!!」

「あ!!ちょっ……」

「あ、本当だ!!お久しぶりです、エドさん、また稽古つけてくださいよ!!あの子も今、打倒エドさん目指してますし!!」

「おー、エドワード!!料理ばっかりでなまってねえか?今度またサシ飲みしようぜ!!良い酒が入ったんだ!!」



 次々となだれ込むクレア教室の生徒の面々。彼らもエリックとは旧知の仲。その一人一人が彼と対等、またはそれを上回る逸材の宝庫である。しかし、



「そこに直りなさい。君たち」

「はい」



 その一言だけで、その生徒たちを一喝するアディン。彼は『クレア教室』の中でも格が違う。桁が違う。



「いいですか?今回の件は、先生のうっかりレベルじゃないんですから。五分間だけ真面目になりなさい」

「はい」



 うっかりで国際規模のトラブルを起こしてしまうクレア教師も大概だが、今回の問題は想像以上に難題らしい。



「あの先生は面倒くさがりますから、僕とリアさんが動きます。エドワードさんは、悟られないようにしてください。では」

「え!?私も手伝うの!?ちょっ……アディン君!?あ!!」



 こうして回線は途切れた。そしてエリックは学園中の有力者たちに今回の情報を共有した。あのアディン君が言葉を濁すほどの事件。これは到底、無視できる案件ではない。



   ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇  



「ふっふっふっ。あの大勇者エドワードですら解決できぬ事件が起きたか。これはわらわ達の出番じゃのう。のう?」

「はっ。その通りでございます」



 所変わって、『迷宮学園』中央棟。この情報を聞いて『彼女ら』が動かないわけがなかった。



「これより『迷宮学園生徒会』出陣じゃ!!行くぞ、皆の者!!」

「仰せの通りに、姫」

「久しぶりの事件だな!!よーし、暴れてやるぜ!!」



『迷宮学園生徒会執行部』



 この学園でも絶大な『発言権』を持つ組織。そして……『クレア教室』に匹敵する問題児たちが意気揚々と動き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【改訂版に移行予定】『迷宮学園』~脱出するまで卒業できません!!~ はた @HAtA99

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ